インカ帝国史 シエサ・デ・レオン著 増田義郎 訳

「しかし、彼(アタワルパ)にとっての法とは、武力のうちにあった。彼にとって、武力こそは良き法であった」
 それで武力によってレコンキスタの虜囚になってしまったのだから、アタワルパにとっては因果応報。素直にワスカルの王位を認めておけばインカ帝国の歴史は違ったものになっていたはず。
 基本的にスペイン人に批判的でインカ人には同情的な著者が、アタワルパに関しては因果応報に受け取れる一文を組み込んだ意図が気になった。まぁ、先代のワイナ・カパックがアタワルパに将軍と親しむ機会を提供しすぎたのも悪い。
 パチャクティから代を追うごとにインカの性格に問題が出てきている感じだったので、ワスカルとアタワルパの衝突は当然の帰結だった風にも受け取れた。支配領域が広がったことで利害調整が難しくなり、どうしても誰かにとっては悪い支配者になってしまう可能性が増えたとも考えられる。
 ピサロたちとほぼ同時代人の著者が得られた資料は口述だったことは意識しなければなるまい。

 インカ帝国の優れたシステムについては持ち上げすぎにも思われたが、周囲の食人部族との明確なコントラストが著者に強烈な印象を与えたものと想像した。
 謀反人の牢屋にいつも人がいると書いているあたりに、政治的な不安定さが暗示されている。
 それでも文字がないからこそ虚偽の少ない社会だったことなどは想像できて、非常に興味深い説明だった。民衆の負担を軽くする工夫には感心させられる。
 ただ、支配領域を外れて遠く大軍で遠征している場合があるので、補給の問題を説明し切れていない気はした。チーニョがあるから、それでかなり助かっていたのかな。

 インカ帝国に特徴的な兄妹結婚の制度については、妻が浮気をしても王家の血を確実につなげるためのものだと説明されている。むしろロシアの王家に必要な制度だな。
 著者が一部地域にみられた同性愛は糾弾しながら、インカの近親相姦には何も言っていない点が気になった。スペイン人やキリスト教徒の一般的な倫理に反していなかったとは思えないのだが。

関連書評
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インカ帝国史 (岩波文庫)
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カテゴリ:歴史 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0)

洛中洛外図屏風〜つくられた<京都>を読み解く 小島道裕

 京都の姿を二双の屏風で描き出した洛中洛外図屏風。上杉本が有名なこの作品は戦国時代から江戸時代まで連綿とつくられ、たくさんの作品が存在して、制作者と時代にあわせた変化を遂げてきた。
 そこに込められた非常に豊富な情報を読み解いた一冊。

 洛中洛外図屏風は福井の賜物なのかもしれない。最初にあったと考えられる「朝倉本」だけではなく、徳川忠直が岩佐又兵衛に発注したと著者が推定する舟木本まで、重要なところで福井が出てきた。
 琵琶湖を通じて京都と程々の距離にあった位置関係が影響しているのかもしれない。簡単には行けないが本来の姿を無視できるほど遠くもない。

 著者の推定によって歴博甲本などに描かれた人物が、実在の人物に比定されることには知的な興奮を覚えた。簡略化された絵であっても、こんな顔だったのかと感心する。
 特に上杉本に足利義輝が描かれているらしいことは忘れられない。
 屏風を描いた作者も載っている可能性があることは、古今東西を問わない茶目っ気であるかもしれない。

 写真もなかった時代に、洛中洛外図屏風がメディアとして果たしてきた役割の大きさが良く分かる本であった。歴史の本を読むときに洛中洛外図屏風の名前は良く出てくるので本書で覚えたことを念頭に読みたい。

関連書評
一乗谷 戦国城下町の栄華 朝倉氏がえがいた夢:上杉本を参考に一乗谷の城下町を復元している

洛中洛外図屏風: つくられた〈京都〉を読み解く (歴史文化ライブラリー)
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カテゴリ:歴史 | 19:47 | comments(0) | trackbacks(0)

図説アメリカ軍の日本焦土作戦 太平洋戦争研究会

 もうやめてくれ。
 徹底的に叩き潰される日本の様子に時間を超えて悲鳴が出てしまう。航空を飛ぶB-29の爆撃に対しては、思うような反撃ができず、ほとんど一方的に爆弾を降らされ続けているのだから救いがない。

 途中で日本による反撃の様子がちょっとだけ取り上げられていたが、有効な高射砲は国内に二門しかない15センチ砲だったと説明されている。それが大量に配備できれば、空襲しにきたB-29の2割に損害を与えられる計算だったらしい。
 著者はそれでは止められないとしているが、繰り返し爆撃をおこなうのに2割の損害を受け続けるのは流石のアメリカ軍でも、なかなかハードだと思う。
 まぁ、15センチ高射砲が大量生産できていない以上は夢物語だ。

 グラフをみると1945年1月には、航空機も飛ばしてかなり反撃していて、B-29の損害もそれなりに多いのだが、だんだんB-29の損害が減っていく。
 これは本土決戦に備えて航空機を温存していたためらしい。意味のある判断だったのか微妙である。

 後半は原爆投下について描かれていて、インパクトがありすぎて焼夷弾の絨毯爆撃の記憶が薄れてしまいそうになる。
 マッカーサーが原爆投下に怒ったという逸話には意外の念を覚えた。朝鮮戦争では使おうとしていたせいだが、すでに日本は死に体だから使う意味がないとの判断だったらしい。それなら朝鮮戦争での判断と整合性はとれる。

関連書評
Fw190シュトゥルムボックVS.B-17フライング・フォートレス ロバート・フォーサイス

図説 アメリカ軍の日本焦土作戦―太平洋戦争の戦場
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カテゴリ:歴史 | 00:08 | comments(0) | trackbacks(0)

ブラタモリ10〜富士の樹海・富士山麓・大阪・大坂城・知床

 自然豊かな富士山や知床と、非常に都市化した大阪の両極端な話が収録されている。
 富士山麓の町は比較的中間かもしれない。富士山や知床であっても人間活動と無縁ではなくて、蚕の卵が低温保存されたり、開拓が試みられたりしている。
 知床での硫黄採掘の件はすでに知っていた。タモリ氏は豊かな海洋資源などを火山のたまものと言っているが、テクトニクスのたまものであって、火山の生成もその一つと解釈するべき。
 青い布によった皺をつくるエネルギーが本題だ。

 富士の樹海に関連して「赤色立体地図」の誕生秘話を読めて、興味深かった。地学の先生がさかんにプッシュしていたことを思い出した。
 大阪などでも赤色立体地図は活躍していて、この番組になくてはならない存在だと分かった。溶岩の皺まで分かるなんて大した発明である。国外ではどのくらい普及しているのかなぁ。宇宙でも使えるかも?

 大阪の両側町が秀吉のアイデアにされていたが、京都でも同じように自治体が発達していたと、戦国京都の大路小路で読んだばかりで本当に秀吉の功績なのか疑った。ソースを出してほしい……。
 もしも、秀吉の持ち上げ過ぎならば江戸以降の大坂城が秀吉のものではないと説明しつつ、やっぱり秀吉の功績を多めに見てしまっている可能性があるな。

関連書評
赤色立体地図でみる日本の凹凸 千葉達朗

ブラタモリ 10 富士の樹海 富士山麓 大阪 大坂城 知床
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カテゴリ:雑学 | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0)

ハエトリグモハンドブック 須黒達巳

 日本に生息する105種のハエトリグモ中の103種を掲載したハエトリグモのガイドブック。肉眼鑑定の参考になることに的を絞った体裁で側面、やや上方からのオスとメスの写真が掲載されている。
 目が大きくカワイイハエトリグモの魅力に迫れるし、生きたハエトリグモにも迫れる一冊だ。

 メスが淡緑色で透明な「カノウハエトリ」が綺麗で印象的だった。しかし、沖縄本島に分布である。
 実物をみた場合は毛が綺麗なハエトリグモも魅力的にみえるようだ。著者が推しているのは「カノコハエトリ」。
 腕の大きな「マスラオハエトリ」も迫力があっていい。

 アリに擬態したアリグモの仲間ではオスの上顎が大きくて、多くの種で違和感のある姿になっているところも面白かった。だからといってタイのツムギアリに擬態しているアリグモの仲間がやっている、頭と胸が二個ある状態も尋常とは思えない。

 視力がいいために形態が多彩というハエトリグモの魅力が感じられた。

haetorihiroba:著者のウェブサイト

ハエトリグモハンドブック
ハエトリグモハンドブック
カテゴリ:科学全般 | 17:38 | comments(0) | trackbacks(0)

シリーズ「実像に迫る」009〜松永久秀 金松誠

 裏切りや謀殺の汚名にまみれた戦国時代の武将「松永久秀」。後世の風聞を脇において、彼が実際に行ったことを整理してまとめている一冊。
 信長と戦った一度目は裏切りというよりも、なりゆきに読めた。足利義昭との関係から信長との対立になっているのに、その足利義昭が味方に回ってくるあたりの展開は畿内らしい……。筒井氏との関係もこんがらがっている。
 二度目は多聞山城破却の恨みでヤケクソの謀反。あまり成算のあった感じがしないのだが、今までの畿内勢力と同じく織田軍も安定した攻勢は続けられないと読んだのか。
 最後に松永久秀を攻めたのはそうそうたる面々だった。

 三好長慶との関係については、長慶の死をふせるために、実権をもってふるまったことが、久秀の悪名につながっているようだった。長慶の死は久秀にとっても大きな痛手で、人生の下り坂をもたらしたと考えて間違いなさそう。
 東大寺を焼いてしまった件も、三好三人衆ともども心を痛めていたらしい。

 茶道をやっていたように繊細な人物で、追い込まれた立場に思いっきり開き直ることはできなかった印象を受けた。

関連書評
へうげもの1巻 山田芳裕:松永久秀の自爆シーンが出てくる漫画

松永久秀 (シリーズ・実像に迫る9)
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カテゴリ:歴史 | 22:36 | comments(0) | trackbacks(0)

危険生物ファーストエイドハンドブック海編 NPO法人武蔵野自然塾

 海の毒を持つ生物は陸よりも危険。ハブの数十倍の毒をもつウミヘビが平然と出てくる。
 自分はあまり海の生き物に縁がないのだけど、フィクションを通していくつかの危険生物を知っていた。

 テトロドキシンをもつヒョウモンダコは推理の絆の小説版で、エラブウミヘビ(おそらく)は名探偵コナンで、ゴンズイは釣り屋ナガレで、ノコギリガザミはガタガールで登場している。
 やはりミステリー作品に現れる確率が高いかな。逆に考えればミステリー作品の材料に海の有毒生物を調べておくといいかもしれない。

 知らなかった生き物ではイモガイが目新しくて怖かった。海には毒矢を撃って刺してくる動物が多い。棘であっても、致命的な威力の毒がついていて、まったく油断ならない。
 遭遇する確率は低くても、ある程度は意識しておきたいものだ。

 ハブクラゲの刺胞を無力化するために酢が有効だが、ウンバチイソギンチャクなどには酢はNG。他にも真水で洗うと刺激で刺胞が活動する生物が多いので最初は海水で洗い流すことなど個別に覚えるべきことが多かった。

関連書評
危険生物ファーストエイドハンドブック陸編 NPO法人武蔵野自然塾

危険生物ファーストエイドハンドブック 海編
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武蔵野に海はなさそうだけど?
カテゴリ:ハウツー | 17:06 | comments(0) | trackbacks(0)

危険生物ファーストエイドハンドブック陸編 NPO法人武蔵野自然塾

 危険生物に加害されたときの初期対応をまとめたハンドブック。非常に危険なスズメバチから、毒はないが棘が刺さる植物まで、日本の陸地に生息する危険生物がまとめられている。

 さわるだけでかぶれるカエンダケが怖い。触ろうとは思わない見かけをしているが、覚えやすいだけに覚えておきたい。
 イラガとヤマビルにはやられたトラウマがあるので、写真をみるのも辛かった。ヤマビルはナメクジと同じく塩をかけても倒せるのだが、その方法は書かれていなかった。二酸化炭素に反応して近づいてくるという生態も嫌悪感を強めるなぁ。

 対応については同じパターンになっているものも多くて、それほど種類があるわけではない。危険に近づく前に、可能性のある生物の部分を読んでおくと良さそうだ。

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毒草を食べてみた 植松黎
毒の科学〜身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで 齋藤勝裕

危険生物ファーストエイドハンドブック 陸編
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カテゴリ:ハウツー | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0)

昆虫の交尾は味わい深い…。 上村佳孝 岩波科学ライブラリー264

 昆虫の交尾器は進化がとても早く種の同定に欠かせない器官。複雑であるだけに、多くのおもしろい現象が交尾器には隠れていた。
 決して人間の男女にたとえて考えてはいけない昆虫の話。ショウジョウバエやトコジラミなら「男であることは加害者」と言えてしまえるかもしれない。昆虫ではないがヒラムシでも「ペニスフェンシング」なんて生態があったな。

 著者がはじめて研究の材料にしたハサミムシの交尾器にまつわる謎がおもしろかった。調べ方が単純で説得力があるから、素直に知的な冒険を楽しめる。
 交尾中に液体窒素で凍結されて、固定されるハサミムシたちにとってはたまったものではないが……自分で育てている著者はできるだけ少ない犠牲で研究成果をあげる姿勢を示している。シラミに至っては血をわけた相手だからなぁ。
 ハサミムシの一晩で平均14回、最大42回交尾する生態には昆虫界のウサギだと思った。そこに精子を選別する戦略が隠れていることも興味深かった。
 あと、交尾器にある「エデアグス」って器官の名前が、ラスボスっぽい。

 最後には一部で話題になったトリカヘチャタテの話が待っていた。最初に説明のあったコオロギの場合ではトリカヘチャタテと違って、ペニスをもっているとは言われないんだな。なかなか難しい。

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フジツボ〜魅惑の足まねき 倉谷うらら
クマムシ?!〜小さな怪物 鈴木忠

昆虫の交尾は、味わい深い…。 (岩波科学ライブラリー)
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カテゴリ:科学全般 | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)

日本人と動物の歴史1家畜 小宮輝之

 北斎漫画の圧倒的な存在感!
 日本人と動物の関係を語るために重要な視覚資料を提供している北斎漫画。日常的な当たり前のことはなかなか記録に残らないとされる中で、日常的な些細なことでも片っ端から絵にしてしまった浮世絵師の仕事が大きな価値を誇っている。

 日本人にとって聖武天皇の肉食禁止令が非常に大きな影響を及ぼしていることが家畜の歴史からも理解できた。
 豚みたいに役畜になれない動物は明治時代まで雌伏である。リュウキュウイノシシが豚の野生化したものかもしれない説が非常に興味深かった。ポリネシアで行われている野生化した豚の狩りを連想する。
 ある意味で豚の野生化も文化で、太平洋的な広がりをもつ可能性が見えてくる。

 家畜でもラクダは見せ物の縁しかなくて、ヒトコブラクダとフタコブラクダの二種類がいることも江戸時代には知られていなかったらしい。それでもアルパカなどの出てこなかった動物よりは良かった。
 日本の歴史にとっては蚕にかなりの存在感があって、見落としがちな存在に気づかされた。

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そだててあそぼう85〜ウマの絵本
ヤギの絵本 まんだまさはる・へん いいのかずよし・え
ウマ〜人間との関係〜 ナショナルジオグラフィックDVD

日本人と動物の歴史1 家畜
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