生命の時間図鑑 グラフで見る動植物の体内時計 ヘレン・ピルチャー

 吉井大志 翻訳・監修

 ビーバーは偉大なり。体内時計が副題についているのは謎。生物に関する時間のことなら何でもフルカラーのビジュアルで見せてくれる本だった。人間といろいろな生物の時間感覚の差が倍率で示されているのも興味深い。しかし、人間がハエを叩き潰すことはできるので、どんなに見えていても回避不能の攻撃はあるのだ。あるいは意識の外から攻撃するか。

 イギリスでビーバーが野外に離されたことで生物の多様性が年々あがっていった研究がすごかった。人間の開発では生物多様性が減少するのが普通なのに、ビーバーがやると増加してしまうなんて……さすがに放たれた土地のポテンシャルによる部分もあるのだろうな。
 もともと住んでいなかった地域に離すわけにもいかない――でも、個人的には杉を刈ってくれたら喜んでしまいそう。日本だと地震でビーバーのダムが決壊して下流に被害までありえるから難しい。
 そこは地域に適した方法を使うしかない。

 あと、死亡直後ならクジラの耳垢から多くの情報を得られることを覚えておくとストランディングの通報にもっと積極的になれるかもしれない。


 

カテゴリ:生物 | 19:07 | comments(0) | -

台湾和製マジョリカタイルの記憶 康鍩錫・著 大洞敦史・訳

 戦前に日本やイギリスで生産された彩色タイルが台湾の地に多く残っていた――再開発によって過去形になりかかっていることが寂しいが、多くの古民家などを尋ねて彩色タイルを撮影して回った著者による記録とタイルの種類ごとの解説。

 同じ型のタイルでも彩色によってまったく異なった印象を与えるものに化けることを、写真を並べて教えてくれる。また、タイルの並べ方によっても大きく印象が変わっておもしろい。「向心配列」では背景になっていた柄が、「離心配列」では主人公に変身してしまう。
 それを見てから向心配列の背景になっている柄をやっと意識できることもある。

 彩色タイルが台湾周辺で流行した時期はイギリスから日本に生産地が切り替わっていく時期でもあった。
 裏側のマークから生産者が分かる場合があって興味深い。イギリス製タイルの模様を丸々模倣している日本のタイルはちょっと行儀が悪い。法的な保護はなかったのかもしれないが。

 インドにおいても1925年ごろにシェアがイギリスから日本に移ったとのことで、日英同盟が1923年に失効していることと関係があるのだろうか。
 台湾にもインド向けと思われる模様のタイルが少数確認されていて、本来インド向けだったサンプル品を流用したものだと著者は考えているようだ。

 現地の絵師が真っ白なタイルに絵付けをして焼いた手書きタイルの絵からは中国の文化が伝わってくる。蝙蝠の蝠と福みたいに読みの音が同じ(近い)だから縁起がいいって感覚はなかなか理解しがたいな。日本でも『打ちアワビ』『かちぐり』『昆布』のダジャレみたいな縁起物があるのだから、文化より時代の違いかもしれない。


 

カテゴリ:工学 | 08:04 | comments(0) | -

棚田の謎 千枚田はどうしてできたのか 田村善次郎・TEM研究所 農文協

 和歌山県の丸山と石川県の白米。2つの地域にある棚田をモデルケースにして、稲作が行われる国の山地に特徴的な景観が形づくられた歴史を探る。
 井堰が作られる前や棚田の最盛期の復元俯瞰図が素晴らしい。航空写真の丹念な読み取りや現地でのフィールドワークによって、棚田のある地域社会の姿を描き出している。
 生活の中心が棚田かと言えば、そうとも限らず、特に白米では揚浜塩田での塩生産が大きな収入源だった時代があったことが描かれている。製塩のために使われた薪(塩木)からできた灰が貴重な肥料にもなっているので、それぞれが密接に関連していることも間違いない。
 海はコストで優る瀬戸内海の入浜塩田で作られた塩を運んでくる働きもしていたわけで恩恵だけを与えてくれていたわけではないが現地の環境を最大限に活かして生活して行こうとした先人の力強さが感じられた。

 棚田を造るための労力や原価が計算されていて、人口の限られた村が長期間のたゆまぬ開発で現在の景観を創り上げてきたことが実感できる。もちろん、水路工事などは外部からの協力者もあっただろう。
 棚田を増やせば人口も増やせるので多少は開発が加速する効果があったのかな。逆に言えば開発のスタート時に自力で勢いをつけるのは難しい。

 もちろん棚田の造成以外にも生活のためにやることはたくさんあったはずで、彼らはいつ休んでいたのかと思ってしまうこともあった。
 白米千枚田の方はやはり大地震で被害を受けているようだ……。


 

カテゴリ:工学 | 08:00 | comments(0) | -

アルケミスト双書 タロットの美術史<3> 皇帝・教皇 鏡リュウジ

 聖と俗をすべる2つの存在、皇帝と教皇をテーマにしたタロットカードや肖像画が楽しめる。
 皇帝のポーズが様式化していて、手に十字架のついた杖をもち足を組んで座っている姿で皇帝と脳が判断するようになりそうだった。
 神聖ローマ帝国皇帝フランツ2世の肖像画では足がぴっちり白タイツで覆われていることが気になってしまう。実はエコノミー症候群対策の圧迫効果を期待したタイツだったりするのかなぁ。

 教皇はタロットカードにするのは罰当たりであると、ユピテルやバッカスに差し替えられた場合もあるそうだ。でも、ユピテルやバッカスに替えるのも悪意があるんじゃないかと疑ってしまうなぁ。
 現代のタロットの「33本のおちんちんのある大アルカナ<Vバッカス>」は衝撃的すぎた。フランシス・ベーコンのインノケンティウス10世は真面目に怖かった。本物を目にしたら、「大丈夫?見たら呪われない?」と本気で心配になってしまいそう。

関連書評
アルケミスト双書 タロットの美術史 女教皇・女帝 鏡リュウジ


 

カテゴリ:雑学 | 19:25 | comments(0) | -

完全版釉薬基礎ノート 基本がわかる、釉薬の見本帖 津坂和秀

 「調合計算」CD-ROMつき!とのことでゼーゲル式の計算ができるエクセルシートがCD-ROMに付属した釉薬の本完全版。通常版の7年後の2004年に発行された。
 ジルコン釉薬ののっぺりした白色を低評価から救いたい……そういう記述をみた記憶がないけど、疑似マヨルカ焼の素地としてなら?

 透明釉、灰釉、鉄釉、銅釉、色釉などで章を分けて作品例やテストピース、考え方などをまとめている。鉄と銅の多彩な変化には魅了される。
 しかし、銅釉を還元焼成したときの「辰砂」は鉱物名になっているせいで有毒金属の水銀を使っていると勘違いさせてしまいそう――顔料としては過去にありえたわけだし。色を表現したいだけにしては迂闊なネーミングだったと過去の人に言いたくなる。
 色釉の章をみた印象では価数が変化する金属元素でも、鉄や銅ほどの多彩さを持つものは他にないのかな。

 有毒性を無視すればウラン、カドミウム、セレンも美しい色になると書いていてクロムは普通に釉薬に使われている。六価クロムの生成については注意しておかなくてもいいのかな。そういえば透明釉に鉛釉は出てこなかったなぁ。
 やきものには歴史があるだけに、考えてみるといろいろと……。

 銅釉のテストピースで条件によっては表面が潰れたみたいになっているのも印象的だった。印花文があっても、これでは台無しだ。

関連書評
やきものをつくる釉薬基礎ノート 津坂和秀
やきものをつくる釉薬応用ノート 津坂和秀
カテゴリ:ハウツー | 09:58 | comments(0) | -

火のある暮らしのはじめ方 日本の森林を育てる薪炭利用キャンペーン実行委員会

 「七輪、囲炉裏、ペレットストーブ、ピザ窯など」

 薪炭を使った生活を実践している人たちから紹介される。副題にあるように利用法は多岐にわたる。日常的に使っている場合もあれば、ピザ窯のように非日常のイベントに使っている場合もある。
 ちょっと多彩すぎてイメージがまとまらなかった。国産の薪炭を使うことで環境問題をなんとかしたい姿勢で繋がっているのは感じられた。

 炭だとガスよりも水蒸気が出ないので焼いたものがカラッとしているとの説明があったのだけど、カーボンニュートラルな木炭でなければ罪悪感なく恩恵を受けるのは難しいかもしれない。電子レンジや電気調理器なら行けるのかな――調理方法そのものが変わってくるが。

 三州足助屋敷で職員の食事をかまどで用意していることを知る。特にアピールはしていない拘りという……。
 薪炭利用キャンペーンのモデル地域が豊田市の矢作川流域らしいので、その関係もあるのかもしれない。他にも炭焼きしているうなぎ屋がこの地域の例だった。

 農文協だけに参考文献に同社が出している「つくってあそぼう火と炭の絵本」が出てきた。


 

カテゴリ:ハウツー | 23:34 | comments(0) | -

アテネ 最期の輝き 澤田典子 講談社学術文庫

 主人公はデモステネス。カイロネイアの戦いでギリシアがマケドニアの支配下に入ってしまって以降のアテネの政治的動向を描いた一冊。
 ヒストリエで活躍したフォキオンの最期も知ることができる。最後まで人材は揃っていたところは流石に大国と言うべきか。その方向性が揃わないのは政治的な事情もあり、多様性を確保する意味ではマイナスばかりでもなかった?

 カイロネイア以後のアテネは力が内側に向いて、民主政を高めることに費やした。敗戦の経験を活かして、出来る範囲で軍制をマケドニアに対抗可能な方向に発展させようとは誰も考えなかったのだろうか。
 仮にそうしてもギリシア全体で足並みを揃えないと戦力的に厳しいのはありそうだが、そうなると外交になっちゃうな。ラミア戦争での展開を考えれば海軍だけでも何とかなっていれば……。

 当時のアテネはストラテゴスと政治家の分業が進んでいて、両方をこなしている実力者がフォキオンだけだったのも影響がありそう。そのフォキオンはマケドニアには勝てないと消極的だったみたいだし。
 カイロネイアのときもラミア戦争のときも、アテネの城壁を頼りに籠城戦をしようと考えない様子なのもペロポネソス戦争との違いに思えた。疫病でペリクレスを失った後遺症なのかなぁ。ラミア戦争の場合は海軍が敗れたうえでの籠城戦には期待できなかったのかもしれない。

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カテゴリ:歴史 | 18:20 | comments(0) | -

喰ったらヤバいいきもの 平坂寛 主婦と生活社

 デイリーポータルZの記者として有名な生物ライター平坂寛の体を張りすぎた著作。「アマゾンの漁師がドン引きするレベル」をリアルに実現した御仁である。
 いろいろな生物を触覚や味覚を含めた五感で味わいたくてしかたがない著者の主張があふれた特別読み物部分には読んだ後にSAN値チェックしたくなってしまった。まるでクトゥルフに会いたいし食べたいみたいなことを言うものだから……。

 中には意外と食えると評価されるものもあり、グリーンイグアナのようなイケる外来種なら食べて駆除しきれないものかと期待してしまった。
 でもそれが可能な量産型平坂寛氏も別の危険外来種みたいなものか?ケミカル臭のするゲロマズの魚でも苦しみながら完食したのは心配になる。いや、心配になることしかしていないけれど。
 食と毒、彼にとってはどっちが危ないのだろう。

 シビレエイやデンキウナギは電気味が抜けるまで待ってから食えばいいようで、調理法確立もありえるかなぁ。前処理の工程に「放電」が入るのはシュールだが。
 カミキリムシの幼虫はボーナスタイムみたいな感じだった。フナクイムシは調味料に活用する道が開けないだろうか。
 世界中駆け回ってアクティブで眩しい人だった。


 

カテゴリ:雑学 | 19:25 | comments(0) | -

世界のロシア人ジョーク集 早坂隆 中公新書ラクレ811

 プーチンのウクライナ侵攻によって世界にあふれたロシアジョークを採録し、あわせて国際情勢や歴史の解説を行っている新書。
 戦争の部外者がロシアをバカにすることに慣れ親しみすぎると、肝心なときに正常な判断力を失って間違いを犯すんじゃないかと警戒する気持ちを持って読んだ。中にはまさにロシアの脅威への恐怖感を癒やしたい心理が背景になっているんじゃないかと分析されているジョークもあった。
 独裁者プーチンをバカにするのまでは良いとして、ロシア人をひとまとめにしてバカにすることがどこまで許されるのかとポリコレ的な思考が浮かび上がってくる。
 でも、こういうジョークが切っ掛けでも深く知ることの方が距離を取り続けるより有益な可能性もあるな。

 過去・現在・未来のラスプーチン・プーチン・チン(陳)はなかなか気が利いている?未来の先はnullである。
 徴兵逃れの若者が「シスター」のスカートに隠れたジョークは、どんだけイケメンだったんだろうと妙に気になった。
 プーチンの影武者が本物が片腕を失ったと教えられるジョークは、本物に寄せるために片腕を切断されるってオチがすぐには分からなかった。ちょっとブラックすぎるよ。

 話にかこつけて旧日本軍を持ち上げる記述が2つほどあった。


 

カテゴリ:雑学 | 02:19 | comments(0) | -

暴力とポピュリズムのアメリカ史――ミリシアがもたらす分断 中野博文

 岩波新書2005

 ラスボス憲法修正第二条。アメリカと日本では改憲派の保守とリベラルが逆転しそうな分野。そもそもアメリカ国内でも社会状況によってスタンスの逆転があったことが語られていた。アメリカ合衆国連邦政府の歴史よりも古い北アメリカ大陸におけるミリシアの歴史を学ぶことのできる岩波新書。

 軍事関係のことだけに戦争が転機になってミリシアのあり方が変わっていくことが多い。フランクリン・ルーズベルト(と妻のエレノア・ルーズベルト)に関連しては、民主党と共和党のスタンスが逆転していく切っ掛けも見ることができる。
 いまほど共和党が引き返せない状態になる前に、再度スタンスの逆転でも起こしてほしかったよ……。

 セオドア・ルーズベルトの義勇兵師団が実現した歴史IFが見たくなってしまった。あと、アメリカ独立後にイギリスが圧力を掛け続けたのは外交下手の極み。外敵にまとまらず、州ごとの独自性が強まるように動いていたら、今の世界はアメリカ一強状態にならなかったかもしれない。

 サウスカロライナ州以外では南部でも黒人人口は白人人口より少なかったと記述されているのをみて、黒人人口をどこかの州に集中させて選挙で勝とうとする運動はアメリカで起こらないのかなと思った(宗教団体にそれをやられている日本人としては)。
 まぁ、経済格差を先になんとかしないと税収が不安定なことになってしまうのかな。

 本来のミリシアである州軍と民間ミリシアによるミリシア同士の内乱になる事態だけは避けてほしいものだ……。


 

カテゴリ:歴史 | 18:14 | comments(0) | -
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