台湾和製マジョリカタイルの記憶 康鍩錫・著 大洞敦史・訳

 戦前に日本やイギリスで生産された彩色タイルが台湾の地に多く残っていた――再開発によって過去形になりかかっていることが寂しいが、多くの古民家などを尋ねて彩色タイルを撮影して回った著者による記録とタイルの種類ごとの解説。

 同じ型のタイルでも彩色によってまったく異なった印象を与えるものに化けることを、写真を並べて教えてくれる。また、タイルの並べ方によっても大きく印象が変わっておもしろい。「向心配列」では背景になっていた柄が、「離心配列」では主人公に変身してしまう。
 それを見てから向心配列の背景になっている柄をやっと意識できることもある。

 彩色タイルが台湾周辺で流行した時期はイギリスから日本に生産地が切り替わっていく時期でもあった。
 裏側のマークから生産者が分かる場合があって興味深い。イギリス製タイルの模様を丸々模倣している日本のタイルはちょっと行儀が悪い。法的な保護はなかったのかもしれないが。

 インドにおいても1925年ごろにシェアがイギリスから日本に移ったとのことで、日英同盟が1923年に失効していることと関係があるのだろうか。
 台湾にもインド向けと思われる模様のタイルが少数確認されていて、本来インド向けだったサンプル品を流用したものだと著者は考えているようだ。

 現地の絵師が真っ白なタイルに絵付けをして焼いた手書きタイルの絵からは中国の文化が伝わってくる。蝙蝠の蝠と福みたいに読みの音が同じ(近い)だから縁起がいいって感覚はなかなか理解しがたいな。日本でも『打ちアワビ』『かちぐり』『昆布』のダジャレみたいな縁起物があるのだから、文化より時代の違いかもしれない。


 

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棚田の謎 千枚田はどうしてできたのか 田村善次郎・TEM研究所 農文協

 和歌山県の丸山と石川県の白米。2つの地域にある棚田をモデルケースにして、稲作が行われる国の山地に特徴的な景観が形づくられた歴史を探る。
 井堰が作られる前や棚田の最盛期の復元俯瞰図が素晴らしい。航空写真の丹念な読み取りや現地でのフィールドワークによって、棚田のある地域社会の姿を描き出している。
 生活の中心が棚田かと言えば、そうとも限らず、特に白米では揚浜塩田での塩生産が大きな収入源だった時代があったことが描かれている。製塩のために使われた薪(塩木)からできた灰が貴重な肥料にもなっているので、それぞれが密接に関連していることも間違いない。
 海はコストで優る瀬戸内海の入浜塩田で作られた塩を運んでくる働きもしていたわけで恩恵だけを与えてくれていたわけではないが現地の環境を最大限に活かして生活して行こうとした先人の力強さが感じられた。

 棚田を造るための労力や原価が計算されていて、人口の限られた村が長期間のたゆまぬ開発で現在の景観を創り上げてきたことが実感できる。もちろん、水路工事などは外部からの協力者もあっただろう。
 棚田を増やせば人口も増やせるので多少は開発が加速する効果があったのかな。逆に言えば開発のスタート時に自力で勢いをつけるのは難しい。

 もちろん棚田の造成以外にも生活のためにやることはたくさんあったはずで、彼らはいつ休んでいたのかと思ってしまうこともあった。
 白米千枚田の方はやはり大地震で被害を受けているようだ……。


 

カテゴリ:工学 | 08:00 | comments(0) | -

建築装飾としてのタイル・陶壁が生きる街を記録と記憶に残すプロジェクト事業報告書

 建築装飾としてのタイル・陶壁が生きる街を記録と記憶に残すプロジェクト実行委員会2016 文化庁

 愛知県と岐阜県のタイル製造が盛んな地域でおこなわれたタイルと陶壁の調査と発表の報告書。製造企業からの聞き取り調査があって、それぞれの企業が得意分野に注力する形で住み分けている現状が伺えた。
 名古屋モザイク工業は元々名古屋の企業だったのが、1998年に岐阜県多治見市(当時は笠原町)に本社を移転させていた。名前には名古屋が残ったままである。
 アコーセラミックの鉱物収集・展示が気になる。一般にみせてくれるものなのかな――ウェブサイトでは情報が見つからなかった。

 タイルの最盛期には木造建築の外側にまでタイルを貼り付けていた事例があるそうで、その重量を支える工法の工夫などもされていたとのこと。陶壁の方は制作した陶芸家の案内が頼りだったとの記述があって、属人性が一層高そうだった。ちゃんと陶壁の制作技術が弟子に受け継がれているのだろうか。
 バブルの頃までは角に特殊なタイル(役物)を使うことで豊かさが表現されていたが、最近は低コスト化の流れが強く通常のタイル(あるいはその加工品)で角を処理するらしいのも時代の変化を感じさせた。

関連書評
イスラームのタイル――聖なる青 山本正之・監修 INAX出版
世界のタイル・日本のタイル 世界のタイル博物館・編 INAX出版
カテゴリ:工学 | 16:37 | comments(0) | -

イスラームのタイル――聖なる青 山本正之・監修 INAX出版

 偶像崇拝が禁じられたイスラム教の影響下にあって幾何学模様を発展させてきた地域のタイルがまとめられている。ただし、公共空間に人物を描かれたものがなくても、地域によって私的空間には溢れていたりしたようだ。

 空白を許さない勢いでひたすら図形でキャンバスになったものを埋め尽くす姿勢に、あるイラン人も圧迫感を覚えていたという情報が興味深かった。神で生活を満たすように、図形で意識を満たすのだろうな。
 タイル貼りの単純作業の集合によって非常に複雑で精密なものを作り上げる親方の技量が称賛されていた。巻末のアーチを複雑に組み合わせた建築物の計算もすごい。単純作業をしている労働者から、そういうことができる親方が成長してくるところがイメージしにくいのだが親方はどういう経路で育成されていたのだろうか。

 山本正之氏のタイル紀行と言える話で、文化財の工事現場近くでタイルを拾ったと無邪気に書かれているのは大らかな時代背景を感じさせる。今じゃ持ち出しを咎められそうな――いや、空港職員に入手の経緯は分からないか。
 タイルの側面に窪みがあることを写真で示していたが、ここまでモルタルを巡らせることで脱落しにくくする工夫ってことなのかなぁ。裏面に「足」があるタイルの話も合わせて、タイル貼り技術について知っている前提で書かれているので素人には想像するしかなかった。

関連書評
世界のタイル・日本のタイル 世界のタイル博物館・編 INAX出版
カテゴリ:工学 | 16:26 | comments(0) | -

世界のタイル・日本のタイル 世界のタイル博物館・編 INAX出版

 古代オリエントのタイルからはじまってヨーロッパのタイルに繋がる系譜をたどり、次に東洋のタイルとして古代中国のタイルから日本のタイルに繋げて明治時代の旭焼タイルまで収録されている。
 ドイツ人科学者ゴッドフリート・ワグネルの指導により旭焼が生まれたわけで、最終的にヨーロッパのタイル技術も綺麗に合流した構成と言えなくもない。ただし、ヨーロッパタイルの締めはイギリスのタイルだったが。

 日本の建物が外面にタイルを貼るのは世界的にみると珍しいことと書かれていて驚いた。もともとは明治時代のレンガ建築から来ていて、日本の地震が多い環境ではレンガ建築は難しいことが分かってきたので「化粧煉瓦」で外観を整えたところから、タイル貼りになっていったそうだ。

 世界のタイル博物館に大量のコレクションを寄贈した山本正之氏の功績を振り返る記事でも、日本でのタイル普及のための取り組みがいろいろと書かれている。
 工法を工夫する原点がシンガポールでの飛行場建設にあったというのだから、何が繋がるか分からない。
 山本正之氏が入社した伯父の経営していた丸西タイルは現在もマルニシテグラとして存続しているようだが、コレクションの寄贈先にINAXが選ばれた詳しい事情は良く分からなかった。INAXが企業博物館をつくることを聞きつけて声を掛けたのかな?

関連書評
世界の装飾タイル 世界のタイル博物館編
カテゴリ:工学 | 08:23 | comments(0) | -

やきものをつくる釉薬応用ノート 津坂和秀 双葉社

 釉薬基礎ノートの姉妹本。実際の陶磁器の作例を示して分析を述べ、再現するための釉薬の調合を実験する流れで、いろいろな釉薬のテストが行われている。
 裏表紙にはシリーズの主人公とも言えるPSが書かれたテストピースの作り方が一目でわかる型の写真が載っていた。

 銅を含んだ釉薬が焼成条件や微量な成分によって、緑色(一番イメージしやすい)赤色(人工物の砂金石と同じ理屈だ)そして、青色のトルコ青釉と多彩な変化を見せてくれた。
 トルコ青釉の青色を出すための条件は狭い範囲にしかなくて、それでもこの色を出したかった製作者たちのこだわりが想像できる。
 ラピスラズリからの非常に長い伝統がある色だからだろうな。

 陶土によって発色の様子が変わってくる点も重要で難しそうだった。黄瀬戸の難しさは織部に黄色がないことにも関係があるのかもしれないとそうぞうしてみたりした。油滴天目の油滴は泡が膨らんだ後だったのか。平らなテストピースじゃなくて茶碗の表面に出すことを考えたら泡はできても釉薬が激しく垂れていかない温度条件は厳しいのかもしれない。
 詳しくは分かっていない酸化や還元の条件を少ない試行回数で見抜いて思うような色を狙った先人の苦労も偲ばれる本だ。


関連書評
やきものをつくる釉薬基礎ノート 津坂和秀
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スリップウェアSlipware 誠文堂新光社・編

「英国から日本へ受け継がれた民藝のうつわ その意匠と現代に伝わる制作技術」

 化粧土(泥漿:Slip)を使って模様を描き、上から鉛釉をかけて焼成したイギリスの実用的な陶器スリップウェア。その魅力に民藝運動時代の日本人が取り憑かれ、現在でもスリップウェアの作家が日本で活動している。
 本家イギリスではバーナード・リーチの活躍もあって一時復興したが、また勢いを失い、今度はクライヴ・ボウエンが復活させたが、日本以上にスリップウェアの名を冠する多様な作品が生まれるようになっている。

 いわいる下絵付けの装飾が頑丈な陶器に当たるのだが、使われ方がオーブンに投じて料理を熱することにあるので、実用に供された歴戦のスリップウェアたちには損傷が見られる。時には鎹で割れ目を補強されていることすらあった。
 引き出物用に使われるスリップウェアには年号が書かれていることも魅力的だ。文章が書かれているスリップウェアが近世じゃなくて、中世以前からあったら歴史家は欣喜雀躍しただろうになぁ……流石に陶器は頑丈である。

 スリップが乾く前に櫛などでひっかくことで不思議な模様が生まれるのも面白い。焼くと赤くなる粘土ばかり取れる土地では、白いスリップを全体に塗って磁器のイミテーションとする使われ方もあったようだ。
 一部の作品には胎土を混ぜて使うのに似た効果が表れている。歪みのあるスリップウェアには黒織部に通じるものが感じられた。
 イギリス・アメリカ・日本のスリップウェアが取り上げられ、作家ごとの紹介もあった。起源はオランダと言う一文もあったが、そこまでは掘り下げられず……。

 イギリスではあまり評価されず日本人がせっせと買い込んだおかげで、日本国内にまとまった数(数百)のスリップウェアがある様子。イギリスでスリップウェアが高く評価されるようになったら、国外流出した芸術品と交換して展示会が開ける時代が来ないかなぁ。
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かたちには理由がある 秋田道夫 ハヤカワ新書010

 プロダクトデザイナーの著者によるエッセイに近いデザインのお話。
 正円や正方形、円柱などのシンプルな形を基本にして製品を産み出してきた哲学が語られる。シンプルな形状だけに重複することがありそうだが――実際キャスターについてはドイツのメーカーに似たものがあったようだ――それを貫けるところが強い。
 ゴテゴテの足し算で自分を表現したがるデザイナーには真似しにくいが、しかし単純な図形の足し算でもある?

 湯呑の「80mm」の非常にシンプルなデザイン(文章の説明だけでおおよそイメージできる)が中空構造をしているゆえに製造においては非常に難しくて生産数が出ないのは面白い。3Dプリンターを使っても生産性は改善できないのかな。
 ルーペ45は説明を読んでいて欲しくなってしまった。プレゼント用にもいいかもしれない。確認したら6000円ほどするようだ。

 サイズを拡大すれば建築物になるイメージでデザインされたものがあって、逆の発想で建築家がサイズを縮小すれば何かになる建築物をデザインするのも面白そうだと思った。
 構造計算の条件などで著者ほど自由にはできないとしても。

カテゴリ:工学 | 15:43 | comments(0) | -

地震災害軽減への歩み 濱田政則 技報堂出版

 東海大学と早稲田大学で教鞭をとり、土木学会会長などをつとめた著者による地震災害対策の仕事を振り返った回顧録的な本。
 工学畑で液状化現象にともなう側方流動を特に研究していたようだ。理学とは感覚が違うと思う部分も多少あった。著者の説明にあった地震断層は活断層で、地表地震断層と地震断層は同じものと認識していたのだが、これも分野の違いかな。
 液状化現象では土壌の上下の動きばかり意識していたので、条件が整えば側面にも動くと知って納得しつつも新鮮だった。噴砂のように地層から過去の側方流動の証拠をうまく見つけることができないかなぁ。大規模に直交するトレンチを掘らないと難しいかもしれない。発掘現場で面を掘り下げているところに立ち会えばあるいは!?

 著者は阪神淡路大震災と東日本大震災が被害を予見できなかった痛恨の地震だったと語っていた。スマトラ沖地震をみて、日本では同じ規模の地震は起きないだろうと研究者も根拠なく考えてしまったそうだ。
 自分は全体の規模はともかく局所的には条件の重なり方によってスマトラ沖地震に匹敵する津波は日本でもありえると感じていたような……後知恵の記憶改竄かなぁ。
 予想できていた現象の起こる地震でも海外では大規模な被害が生じたりするので、これまで対策を積み重ねてきた中を特にすり抜けてしまったのが、その二つだと思いたい。
 そこに対策しても、やはり何かすり抜ける現象が隠れているかもしれないと常に警戒しておく必要があるだろうなぁ。

 可児郡御嵩町(阿児郡と誤植になっていた)の褐炭鉱山跡の埋め立てなどもやっていて興味深かった。調査に対して住民が「寝た子を起こすな」的反応をしたことも――最終的に埋立事業をすることができて住民も納得しているだろうとの事だが、国の補助が3分の2あったとはいえ、よくやり遂げたものだ。

カテゴリ:工学 | 08:15 | comments(0) | -

図説世界の「最悪」クルマ大全 クレイグ・チータム 川上完 監訳 原書房

 イギリス流罵倒表現の真髄を見よ!
 イギリスの自動車評論家が駄作車をこれでもかとこき下ろしまくる過激な本。世界中のメーカーが犠牲になっているが、先にユーザーを犠牲にしたのはメーカーの方とも言える。
 デザインへの批判はヨーロッパ的価値観が表に出すぎていて鼻白む感覚になることもあったが、価値観の多様性に配慮せずに叩くから面白くなっているのも否めない。ポスターやパンフレットの写真やコピーに酷いツッコミを入れるのには笑ってしまった。

 日本車も当然対象になっているのだが、無難に走りやすいのか火力は低め。ホンダに出番がなかった気がする。
 本書のアイドルと言えそうなのがイギリスのBL(ブリティッシュ・レイランド)社で、登場回数の多さから親しみすら覚えてきた。そして、検索するとやっぱり廃業していた……絞った駄作車の雑巾をさらに絞って次の駄作車を出すような真似をしていれば当然か。経営判断にアクセルしかついてないんか?
 ストライキが批判される感じになっているのはクルマの出来という一面でみればしょうがないんだろうけど、社会全体のことを考えると複雑な気分だった。

 後期型では問題点が改善されて良くなったと説明されているクルマもチラホラあるが、売上の抜本的な回復には至らず、悪いイメージを刷新するためには新しい名前で出したほうが経営的には正解なのかなぁ――ただ、見事に回復した場合は本書に載りにくいはず。

 東側や第三世界のクルマは売れる場所では売れているパターンも多くて興味深い。インドのヒンドゥースタンアンバサダーくらい長生き(50年以上!)だと、核攻撃による電子障害に備えて国策で延命されていたんじゃないかと勘ぐってしまう。

カテゴリ:工学 | 18:49 | comments(0) | -
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