飢餓と戦争の戦国を行く 藤木久志 読みなおす日本史

 衝撃的な緊急避難。過去の日本には飢饉の際には、きちんと養う代わりに人を奴隷として購入していいという超法規的な風習が存在していた!
 そんな衝撃的な導入からはじまるサバイバルの時代を描いた一冊。

 著者のあつめた資料によって作られた年表から、毎年日本のどこかで飢饉が起こっていて社会情勢が非常に不安定だった様子がうかがえる。
 それが応仁の乱につながっていくという、トップダウンじゃなくて、ボトムアップからの政治と戦乱の視点を提供している。
 とかく非難されがちな足利義政の御所造営が、難民対策の雇用創出策だった可能性が指摘されていて、目から鱗が落ちた。
 飢饉で食べていけなくなった地方の農民も都市に出れば食べていける可能性がわずかにあったらしい。しかし、もちろん都市が養える限界があるし、飢饉が広域すぎれば自然と共倒れになる。

 飢饉が理由で戦乱が広がり、そのせいで耕作放棄地が増える負のスパイラルについては、よく脱出できたものだとひたすら感心するよりなかった。
 正直に言って、武田氏や上杉氏の略奪旅行は、その場しのぎすぎる。領土が増えても、そのため領土のどこかが飢饉になる確率があがって、さらなる戦争が必要になったりする地獄もありえる。
 名将と呼ばれる戦国大名でも、いつも必ず優れた戦略をもって軍事を行えていたと考えてはいけないのかもしれない。

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飢餓と戦争の戦国を行く (読みなおす日本史)
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一揆の世界と法 久留島典子 日本史リブレット81

 江戸時代の百姓による一揆ではなく、中世のさまざまな階層の人々によって結ばれた一揆について主に取り扱ったリブレット。

 タイトルにもある「一揆の法」が、下手な大名の分国法(結城氏や伊達氏のことだーーっ!)よりも整っているように見えた。それは一揆が目的を明確にしていて、一揆契状の内容もそこに集中できているからだと思われる。
 それでも、これらの法を作った人々の賢さは疑いようがない。

 伊賀や甲賀の惣国一揆は著者の注目度が高く、中小領主による領域支配のための一揆という新鮮な知識を知ることができた。
 いくら日本中が分裂していた時代でも、ある程度のスケールをもっていないと、百姓の逃散や犯罪者の移動に対応できない。問題への対応を迫られた国人たちの苦労が想像できた。
 まぁ、著者も指摘しているように戦国時代の日本全体で同じ方法が採られていたと受け取ってしまうのも早計であり、一揆の意外な一面が印象的だけに気をつけなければいけないところもあった。

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戦国時代の天皇 末柄豊 日本史リブレット82

 非常に苦労していた戦国時代の天皇と朝廷の姿を描き出したリブレット。さすがに天皇本人が困窮していたわけではないが、非常にお金のかかる儀式がいつまで経っても行えない問題に直面している。
 合理主義にまみれた目から見れば、略式にしまくれば良さそうなものだけれど、宗教的なこだわりが入っているので前例を踏襲したがるのも無理もない。彼らは中世の人たちなのだ。

 戦国時代の天皇が三代つづけて死ぬまで在位していたことは古代以来であり、次に死ぬまで三代つづけて在位したのは明治、大正、昭和ということに驚いた。
 そして、現代も四代続けてにはならないわけである。
 本人にとっては大変でも、戦国時代の天皇が長命でつとめあげたことは、朝廷の維持に貢献したであろう。単純に夭折する天皇が続出するだけでも財政的に立ち行かなくなってしまうし、長生きしたことで個人的な崇敬を受けることができたはず。
 それにしても、朝廷の土地でも押領してしまう武士たちは遠慮がない。歯止めが利かなくなった自力救済の世界はおそろしい。

 最後に出てきた壬生家と大宮家の朝廷内における争いも印象的だった。戦国大名からみれば小さな争いでも、本人たちは生き残ろうと必死だったに違いない。
 大宮氏が天皇に命じられて疎開させた文書の管理が悪く、盗難にあったことは非常に残念だ……。

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縄文の女性シャーマン カリンバ遺跡 木村英明・上屋眞一

 遺跡を学ぶ128
 北海道の石狩低地帯に位置する恵庭市から発掘された漆細工の装飾品が副葬された縄文時代の墓の数々。意外と色鮮やかな縄文時代の服飾が蘇ってくる。

 人骨は歯が少し残っている程度でも、漆はしっかり残っている。恐ろしく耐環境性の高い物質だ。樹液を元にする意味では琥珀に近いだけのことはある?漆紙文書が残っている理由もよく分かった。
 復元イラストになった漆の装飾品をつけた女性のファッションは、現代人がみてもオシャレに感じそうなものだった(自分はオシャレに感じるが、自分のセンスがあまり信用できない)。
 復元図通りに白い布地に赤でポイントをとっているなら、神社の巫女装束にまで通じるものがある。呪術的な意味合いがある鮫の歯が組み込まれているところは流石に縄文時代だった。

 合同葬が行われた謎には、病気による一家全滅的なものを想像していた。しかし、それでは整然と葬送をおこなうことは難しく住居ごと焼き落とすなどしそうだ。
 著者の殉葬説には説得力を感じた。ポリネシアの戦士が殉死者と一緒に葬られている例もあるし、縄文時代段階で殉葬がおこなわれていても個人的に違和感はない。
 個人的には「人身御供」の可能性も考えた。気象環境が厳しく、そのため社会の主導権が男性から女性にうつった可能性があると著者は述べているが、厳しさに対応するための名誉ある生け贄にされてしまった可能性はありえないのかなぁ。まだまだ縄文社会の知識が足りない。

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古代地方木簡のパイオニア 伊場遺跡 鈴木敏則 遺跡を学ぶ127

 地方でありながら100点を超える木簡が出土した静岡県浜松市の伊場遺跡。砂丘上に位置した長い歴史をもつ遺跡から、律令国家の地方支配体制が見えてくる。

 陶枕が寝るときの頭にする枕じゃなくて、筆記時の腕おきであることを初めて知った。昔の人は固い枕で寝ていたから陶器製もありえると、固い頭で思いこんでいた。
 木簡を通じて古代の人名をいくつか具体的に知ることができて、彼らの実在と個性を意識した。特に稲の字が図形的な「稲万呂」は強烈な印象を与えてくれる。
 筆者の予想通りに「稲万呂」が商人だったなら、さすがに商人は古代からブランド化の意識が高かったのかもしれない。

 律令制による負担をかけられた農民の姿も、克明な税の記録から見えてきた。農民の織機では規格の幅をもった布を作ることができず、遺跡から出土した織機で特別に製造されていたらしいことは興味深かった。
 実際は不明ながら、中世ヨーロッパにおける水車小屋と小作農民の関係を想像してしまう。

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日本海側最大級の縄文貝塚 小竹貝塚 町田賢一 遺跡を学ぶ129

 表紙写真のアクセサリーは「旅の人(富山県のニュアンスでは外来の人)」の持ち物と推定されている。遺跡の代表として不適当にも思えたけれど、小竹貝塚の日本海を通じて日本の南北から人が集まっている様子を表現するには適当なのかもしれない。

 94%がヤマトシジミの日本海側最大級の縄文貝塚からは91体以上もの人骨が発掘されている。出土品と人骨の研究をあわせることで縄文人の生活がみえてきた。
 中には長生きした人もいたものの、どうやらかなり厳しい生活を送っていたらしい。その一方で、アクセサリーには凝っていたりして、直感的には分かりにくいところがある。
 食物の貯蔵が十分にできないことと、アクセサリーに装飾にとどまらない呪術的な意味があったことを考えれば、理解はできる。

 注目される交易も食料の大量輸送ができない以上は、物質的な豊かさを短期的にもたらす力はなくて、文化的な意味が強かった感じがした。
 貝殻をはじめとして、いろいろな遺物の割合を円グラフで表示していて、興味深かった。在来の大型哺乳類でもニホンカモシカは1%にも入ってこない。やっぱり今とは行動が異なっている。

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戦国大名と分国法 清水克行

「人と人のもめごとというのは、どちらにも道理はそれなりそれなりにあるものです。(だから、裁判というものは)とりあえず双方を比較して、道理の少ないほうを「非」としているだけのことである。」最上義光(伊達家文書)

 さっすが、しゃ……最上義光公いいこと言う!著者はこの言葉から戦国時代の人間にも彼らなりの倫理観があったことを指摘している。最上義光を戦国時代の平均にしていいのかは疑問ながら、分国法を通じて当時の人々の心のありように触れることができたのは間違いない。
 最上家は分国法を制定していないが、東は伊達氏から西は六角氏まで5つの家で作られた分国法が取り上げられている。
 著者の結城政勝がつくった分国法へのツッコミの嵐には楽しませてもらった。「結城政勝の憂鬱」というタイトルでライトな読者にも手にとってもらいたいくらいだった。
 戦国時代の家臣が暴走することヤンキー漫画のごとし。著者がもっとも整ったと評価する今川かな目録でも席次あらそいをやめさせるため、名指しの条文がある。

 家臣(あるいは当主)の制御から、領民の支配まで、分国法の内容から制定者の視点がわかるところも面白い。それまで明文化されていなかったものを初めて明文化した分国法の流れは、現代日本の法にも隠れ潜んでいると感じた。
 流れ着いた船は好きにしていいという慣例がトラブルをおこした例は、第二次ポエニ戦争末期のカルタゴにもある。ハンムラビ法典のことを考えても人が考える慣例や、そこから生じる問題には、世界的に共通点を発見することもできるのかもしれない。

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今川氏滅亡 大石泰史 角川選書
原典訳ハンムラビ「法典」 中田一郎訳

戦国大名と分国法 (岩波新書)
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カテゴリ:日本史 | 21:50 | comments(0) | trackbacks(0)

京都時代MAP 幕末・維新編

 幕末の京都、お寺多すぎ……!
 当時の地図をみることでわかる幕末京都の姿であった。大名の屋敷もそれなりにあるが、敷地の広さが石高に比例しているとは言えない。おそらく江戸とは違い、京都とのつながりには藩によって軽重があったことが伺える。大坂をふくめて藩邸の敷地面積と石高をならべたら、おもしろい資料になりそうだ。

 後半で幕末京都事件について蛤御門の変や鳥羽伏見の戦い、新撰組関連が取り上げられている。
 坂本龍馬暗殺に関しては石碑で中岡慎太郎の名前が坂本龍馬と同じサイズで彫られていることに感心した。コナクソ発言の犯人はよくわからない。見出しに下男の籐吉が暗殺されたと書かれている割りに、詳述では彼が殺された経緯が見られず気になった。

 新撰組の隊士数はMAXで200名だったようで、鳥羽伏見の戦いにみる各藩の兵力から考えれば、確かに無視できる人数ではない。
 鳥羽伏見の焼失地域には大きい建物が比較的多い感じがした……現代のマクドナルドやヴィクトリア、アルペンが幕軍部隊指揮官の名前にみえて混乱した。てっきり軍事教練に雇った外国人かと。

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京都時代MAP 平安京編
ドキュメント幕末維新戦争 藤井尚夫

京都時代MAP 幕末・維新編 (Time trip map)
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カテゴリ:日本史 | 19:04 | comments(0) | trackbacks(0)

京都時代MAP 平安京編

 ずっと東寺が廃れない!すごいぞ、東寺!しぶといぞ、東寺!本編では特に言及されていないぞ!

 平安時代を前中後の三つにわけて、京都の変化を地図にした本。それぞれの時代における重要な変化もまとめている。

 平安時代前期は藤原氏が支配し、唐風から国風への転換があった。その象徴として漢文に詳しかった菅原道真の左遷があげられている。しかし、遣唐使をやめさせたのも菅原道真ではなかったか。民間交流が活発になったからなどの理由があっても、そこに触れていない本書の主張を素直に受け止めることは出来なかった。

 中期は源氏物語に関する情報がメイン。人物相関図をみているだけでクラクラしてくる。親子連続で関係をもつことが、姿も似ているのだから自然、みたいな?源氏物語が当時の常識的感覚を描いていたはずもないが、これにあこがれ、受け入れられる土壌はあったのだな。イラストのせいか、朧月夜がいちばん魅力的にみえた。
 春夏秋冬をイメージした六条院に愛人を配置したことは、もし男性がなろう小説で書いたら目立ったときに相当いわれるやつだ……紫式部は現代の自分すら置き去りにするほど尖鋭的すぎる。

 後期は武士の時代がやってくる。平清盛が六条河原の戦いに勝ってから、権力を完全に握るまでの間には二条天皇親政派との第二ラウンドがあったことを知った。
 運良く手に入れた権力であっても、完璧に固めて見せたことは、清盛が配置した建物の地図が語っていた。

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図説源平合戦のすべてがわかる本 洋泉社ムック

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カテゴリ:日本史 | 20:06 | comments(0) | trackbacks(0)

土方歳三〜洋装の武士として散った漢の一徹 歴史群像

 内部粛正の嵐に、敗戦の連続。判官贔屓の日本人でもついていくのが大変になるのに大人気の新撰組副長、土方歳三を特集した本。大勝利といえるものが池田屋事件しかなく、そこでは土方は別働隊をひきいて参加していない。
 宇都宮城を陥落させてもすぐに奪い返されてしまっており、なかなか結果に繋がらない。

 そういう見返りの少ない人生でもめげずに最後まで戦い抜いたことが凄い。現代人として見習いたい意気を秘めた人物である。
 日常的には優しげで文学をたしなむ繊細な人物だった一面もあるというから、なおさら現代人には身近に感じられる。鬼副長がある種のペルソナだったとしたら、よく被り抜いたものである。武士の夢はそれほどに大きかったのか。
 一部の記事では他とまったく方向性が違って、土方歳三は武士になることに価値を認めていなかったと書いていて、それはそれで興味深かった。

 まったくたいした人物だが、それでも新撰組の内輪もめでの死者21人、志士との戦いでの死者6人の結果はしまらないものがある……。
 あと、漫画「PEACE MAKER」に描かれた池田屋事件を思い出して、負傷記録に対して非常に正確に殺陣を作っていたことがわかって感心した。

土方歳三―洋装の“武士”として散った漢の一徹 (新・歴史群像シリーズ 13)
土方歳三―洋装の“武士”として散った漢の一徹 (新・歴史群像シリーズ 13)
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