難病に挑む遺伝子治療 小長谷正明 岩波科学ライブラリー255

 筋ジストロフィー、パーキンソン病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、そして球脊髄性筋萎縮症。
 名前は聞いたことのある難病の症状や原因、治療に向けての研究状況を知ることができる。
 遺伝子治療はとても大きな武器であり、1949年生まれの著者にとって原因を探るだけで患者を見守るしかなかった時代からの変化がとても感慨深いことも説明されている。特にiPS細胞への期待は大きなものがあるようだ。

 ハンチントン病に関連するタンパク質の名前がハンチンチンとあって、かなりのインパクトを感じてしまった。人名からついている名前は思わぬ形で派生する。
 歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症の名前を知ってしまうと人名からシンプルな名前をつけることのメリットを感じざるを得ない。球脊髄性筋萎縮症を「川原・向井病」と呼ぼうとする運動にもそんな方向から共感してしまう。
 検索すると「川原・滝川・向井病」と書いている論文もあるようだ。

 一番詳しく書かれていた筋ジストロフィーに対して、最も深刻なデュシェンヌ型をそれよりは軽度なベッカー型の状態にすることで治療を行う発想に唸ってしまった。これもデュシェンヌ型・ベッカー型の研究がそれぞれ蓄積されているからこそ導き出せた治療方法なのだろう。
 重要な巨大タンパク質ジストロフィンの細胞内での物理的な機能も興味深かった。人体は神秘がいっぱいだ。

関連書評
Y染色体からみた日本人 中堀豊 岩波科学ライブラリー110
カテゴリ:科学全般 | 07:58 | comments(0) | -

図説 日本の湧水 80地域を探るサイエンス 日本地下水学会・編

 湧水は地質の恵み。日本の土地や歴史と密接な関係をもった湧水から80地点を選んで水質や起源などを解き明かす。47都道府県から必ず1箇所は選ばれているので、ある程度は近くの湧水が必ず載っているはず。
 湧水の起源は地形の影響を受けていて、透水層・非透水層はもちろん地質も関係している。火山や扇状地に関わる湧水もある。特に火山起源の湧水は出てくる量も多くて、富士山に関連する柿田川湧水群は収録されている中で、もっとも大規模な湧水だった。
 ちなみに火山では、富士山、阿蘇山、霧島の順番で湧水量が多いとのこと。こうしてみると九州も水に恵まれている。熊本に半導体の工場が出来るくらいだからな。

 小規模な湧水でも地域にとっては大切な資源であり、弘法大師が杖をついたところから水が出てきたなどのテンプレ伝説をもっている泉も多かった。そういう湧水をまとめた本まであることに驚いた。
 弘法大師以外には行基や安徳天皇なども使われている様子。足利歯長又太郎なる人物の名前が印象に残る。
 吉野川支流江川の異常水温の湧水は季節(気温)と水温がズレて変動していて面白い。なにかに使えないかと思ってしまう。

 微量成分や同位体をもちいて湧水の集水域や移動経路、滞留時間などが分析されている。もっとわかりやすい硬度は流石に石灰岩地帯の湧水では高めに出ていた(それでも「中硬水」程度)。多角的な視点から湧水について学べる本だった。

カテゴリ:科学全般 | 08:37 | comments(0) | -

インフルエンザウイルスを発見した日本人 山内一也 岩波科学ライブラリー321

 インフルエンザウイルスについて初期に最も正確な報告を出した日本人の研究者、山内保について、知られざる彼の成果を追いかけることで当時のパスツール研究所をはじめとする細菌研究の最前線の様子まで俯瞰する。
 同姓だが山内保氏とは無関係の著者が1931年生まれで、2023年の出版だから92歳……!海外の医学研究者との交友関係が調査に駆使されている――というか、親族と勘違いされた著者が問い合わせを受けたことが山内保に関して調べる切っ掛けになっている。
 もっとも詳しく描かれるのは彼の所属したパスツール研究所の研究であるが、同時代にはコッホの研究室も多くの成果をあげていて、アメリカには野口英世もいた。

 野口英世がパスツール研究所に来て山内保との対談で語った経歴が盛っていて相変わらずである。世話になった少佐が少将になっている……。
 野口英世の時代にTwitterがなくて本当に良かった。野口の開発した純粋痘苗が世界に広まっていれば少しは世界の評価も違っていただろうか。

 日本ではインフルエンザウイルス発見以降の研究は続けられず開業医になった山内保に上流階級の人脈ができて「山内保事件」に繋がるのは、師の1人であるメチニコフの寿命に関する研究や純粋痘苗が上級階級受けが良さそうなこととも関連しているように思われた。

 研究者本人や研究室の志願者が病原体を接種して確認する事例がたくさん出てきて、その人体実験ぶりに慄いた。勇敢な人達だ……。
 狂犬病ワクチン開発に関するエピソード――最初に助けられた少年マイスターがパスツール研究所の門衛になっていたり――も面白かった。

カテゴリ:科学全般 | 13:06 | comments(0) | -

100分de名著 読書の学校 吉野彰特別授業 ファラデー ロウソクの科学

 リチウムイオン電池の開発でノーベル賞を受賞した吉野彰氏が小学四年生の時に感銘を受けて化学の道に進む切っ掛けになったファラデーの「ロウソクの科学」を解説する。後半からはリチウムイオン電池開発の話、そしてリチウムイオン電池が関わるサスティナブル社会実現に向けての話になる。

 ミールでNASAが実験した無重力条件下でのロウソクの燃焼実験がシンプルだけど興味深い。上昇気流がなくても拡散によって酸素が供給されれば弱い青い炎が維持される。逆算して考えると、地球上のロウソク燃焼でも拡散が作用しているけれど圧倒的に大きな対流の効果に隠れて見えなくなっているんだろう。
 ロウソクの青い炎は赤い炎の部分よりも低温なのも思い込みを覆される面白い情報だった。

 リチウムイオン電池に関連した未来の話では2025年頃に大きな動きがあると語っていて、今が2023年(本書が出たのが2020年)なので感情を揺さぶられた。AI技術の進展に関してはちょっと先行しているくらいかもしれない。
 ダイムラー社の言う「CASE」が実現しうるのか、カーシェアに慣れるための時間が足りない気もしたが、興味深い。
 エンジン車とAIEVのコスト比較の表は整備費用を書いていないところが気になる。エンジン車とEVのメンテナンス性の差は分からないが、年間走行距離が1万kmと10万kmでは同等にはなるまい。不具合もAIが自己診断することでメンテナンスを効率化していく可能性はあるかな。

カテゴリ:科学全般 | 07:34 | comments(0) | -

文化財と標本の劣化図鑑 京都大学総合博物館 朝倉出版

 岩崎奈緒子・佐藤崇・中川千種・横山操 編集

 見るだけでも痛ましい……保存されるべき文化財なのに劣化してしまった姿を集めた図鑑。同系統の展示を見たことがあるけれど、それは修復のビフォーアフターをまとめて見ることができたのに対して、この本では破損した姿を見せるだけに留まっていて安心することができない。最後に解説と処方箋を示した章はあるのだけど、実際に修復を施した写真まではみせてくれない。また、最低限の処置にとどめて様子見をすると述べられているパターンも多くて、それが賢明な判断だとしても、物足りなさを覚えてしまう。
 修理も変更不可能な加工になってしまう場合があり、破壊の一種になりかねないのは理解しているが……金銭問題的にも劣化の予防に優るものはないのだなぁ。

 カビと害虫は特に問題を起こしがちだった。カビは生物として標本にされている場合もあると思うのだが、完全に活性を奪うことが出来ているのかなぁ。それともその手の生物標本は厳重に隔離されているのか。害虫の場合は殺して標本にすれば良いから、まだ分かりやすい。
 他には骨格標本の脱脂が不十分で油が滲み出てきて悪さをしたり、紫外線による劣化なども見られた。

 今後、大きな問題になりそうなのは近代以降の素材が分かりにくい文化財の保存だ。材質が多様化していて、修理がさらに難しくなっている様子。発火の恐れがあるフィルムなどあまりにも厄介過ぎる。デジタル化で解決は短絡的だとしても、優先的に勧めてほしい気持ちになった。
 単体を見ていると気づきにくいが、ある標本が周囲に悪影響を与える可能性への意識も大事なようだ。

カテゴリ:科学全般 | 04:13 | comments(0) | -

ニュートン式 超図解 最強に面白い!! 中高数学

 え?たった125ページで中高6年間の数学を!?
 できらぁ!!
 紹介しきれなかったところは公式を並べたりするページもあるけれど、ともかく社会人が中高数学のおさらいができそうな本だった。対数周りなど学生じゃなくなってからも、一定期間使えていた覚えはあるのに、現在は残念な状態である。
 少なくとも懐かしさだけは味わうことができた。ページ数的に当然ながら練習問題などは載っていないので実際に応用したいと思ったら、さらに具体的な復習が求められるかもしれない。

 それでいて数学者のエピソードを紹介する箸休めページはあった。ニュートンを名乗る以上、避けては通れないアイザック・ニュートンも登場した。ライプニッツと同時代人で文通する仲であることを学習した。
 そういえばフリーゲームのプリンキピアでライプニッツが出てきた記憶があるような……。

 日本で「正」の字が5個ずつ数えるのに使われるように海外で使われる記号を「タリー」と呼ぶことを知った。フォントもどこかにあるのかな?

カテゴリ:科学全般 | 09:40 | comments(0) | -

ニュートン式 超図解 最強に面白い!! 数学パズル

 いろいろな論理的なパズルとパズルにまつわる雑学が載っている。見開き2ページで2問の問題をだしたら、次の2ページでそれぞれの答えを解説する構成。
 私が自力で解いたのは最初の足し算穴埋め問題だけだった……。魔法陣を完成させる問題くらいは、ちょっと時間を使って取り組んでみたらいいな。答えをみても考え方のヒントを覚えているだけで答えそのものは思い出せないはず。
 2軒の地主が土地を平等に再区画するパズルは割りと実用性を感じさせる。

 雑学ではパズル王のサム・ロイドが友達デュードニーのアイデアを盗んじゃって喧嘩したエピソードが記憶に残った。そりゃ怒るわ。
 ちょっと性格に難のある人間だなぁ。中国4000年の歴史があるパズルと嘘をついたのは可愛げのあるほうか……。

 なぜか「ウォーリーをさがせ」の話題も出ていた。パズルかな?
 ルービックキューブの発明者が1944年生まれで存命なことに驚いた。

カテゴリ:科学全般 | 03:09 | comments(0) | -

オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで 窪薗晴夫・編

 岩波科学ライブラリー261

 謎多きオノマトペについて複数の研究者が知見を紹介する言葉の世界の不思議にわけいっていく本。「外国語にもオノマトペはあるの?」という疑問が章のタイトルになっているのは、オノマトペはフランス語なのに無かったら驚きだよと突っ込みたくなってしまった。日本の概念が伝わってフランス語の名前を与えられる可能性もゼロではない?
 それなら日本語のオノマトペに相当する言葉の方が流布していそうな……現実には擬声語・擬音語などの学術的な言い方がされていて、歴史があって感覚的に通じる言葉がないのは不思議に思えてきた。
 身近すぎるのだろうか。

 日本語を学習したことがない外国人は、日本語のオノマトペを直感的に理解できるのに、日本語を学習した外国人はうまく意味が掴めなくなってしまうのも意外な情報だった。
 喜界島の内部でも猫の呼び方に「グルー」と「マヤー」の二種類が分布していることに驚いた。「ベコ」がそもそも仔牛を示す呼び名だったのに東北では牛の意味に拡大した結果、仔牛は「コベッコ」「コッコベコ」などと子供の意味を重ねて言うようになったと推測されているのも興味深かった。

 音の要素を分析してそこからオノマトペの意味を突き合わせていく章や、プログラムで未知のオノマトペすら分析できるようにした章などは、オノマトペの神秘性のベールが剥がされたようで感心すると同時に少し残念な気持ちになった。

 今井むつみ氏の担当部分は言語の本質〜ことばはどう生まれ、進化したかにも繋がる部分が多かった。

カテゴリ:科学全般 | 17:18 | comments(0) | -

宇宙食 人間は宇宙で何を食べてきたのか 田島眞 コーディネーター・西成勝好

 宇宙食の歴史と未来。そして日本独自に開発してきた宇宙日本食とは何か。人間が生活の場を宇宙に移しても決して切り離せない「食」の問題を簡潔に描いている。
 最初は嚥下することができるかも分からなかった宇宙食はチューブ状だったりしたが、宇宙空間での嚥下などに問題がないことが分かってからは無重力条件による液体の飛散などに気を付けつつ固形物の宇宙食が開発されて来ている。
「宇宙日本食にラーメンがあるが、実はとろみのついたあんかけ焼きそばである」との文章がやたら印象に残った。


 宇宙日本食に認定されるための条件がまとめられていて、認定を考えている企業関係者には必読の書になりそうだ。

 宇宙日本食の第一陣は錚々たる食品メーカーの名前が並んでいたが、第二陣からは高校の名前が出てくるなど挑戦する組織がより広がっていた。大企業が道を切り開いてくれたおかげで、中小企業も続くことができた形に見える。

 宇宙日本食のマークをつけて一般に販売されている製品も僅かながらあるらしいので、見つけたら試してみたくなった。宇宙飛行士の健康を考えた宇宙食は、結果的にアンチエイジングに向いたものになっているらしいし。

カテゴリ:科学全般 | 02:16 | comments(0) | -

新板 森と人間の文化史 只木良也 NHK出版

 森林が人間にとって如何に多くの役割を果たしてくれているか、それに対して現代の日本人(特に都市生活者)が如何に冷たく接しているか、訴えている本。数字化できない価値が認められにくい風潮を著者は嘆いている。
 講習での説明のため枝の一本を折ることにも「自然破壊!」と糾弾する現場を知らない都市生活者の視野の狭さも嘆いている。著者は実際にそういう目にあったことがあるらしい。現在(初版は昭和63年、新板が2010年出版)は収まっているらしいが、「熊森」のような団体はその末裔と言っていいのではないか。
 本書はなんにも手を加えないことを良しとする方針も厳しく批判しているのだが、そのおかげもあってか現在は考え方が変わってきている。

 森林が降水を利用し、葉に留まっている間に蒸発させるため、森林があると川の水量は減るという指摘が興味深い。本当に利用できる水の少ないアメリカの地域では森を草原にしてダム湖に流れ込む水を増やしているとのこと。
 水力発電所において過去の設計時よりも水量が増えたので発電設備を対応させて発電量上昇を図っている事例があるけれど、気象変動だけではなく上流における森林の荒廃も影響しているのかもしれない。
 もちろん、ただひたすら川の水量が増えればいいなんて単純な話ではない。一気に流れてしまえば利用しにくいし災害の危険もある。水量を平準化することが森林の大事な機能だと著者は説明している。
 日本のような地域では効果は比較的小さいようだが「森が雨を呼ぶ」ことがあるのもデータ的に証明されている。

 花粉症に関する言及がまったくないのは気になった。都市生活者に無視されがちな森林を無視できない存在にしている意味でも、花粉症の影響は大きいかもしれない。自分も森林の小口オーナーになるならヒノキやスギじゃなくて、カラマツ林がいいと思ったのは花粉症のせいである。

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