アテネ 最期の輝き 澤田典子 講談社学術文庫

 主人公はデモステネス。カイロネイアの戦いでギリシアがマケドニアの支配下に入ってしまって以降のアテネの政治的動向を描いた一冊。
 ヒストリエで活躍したフォキオンの最期も知ることができる。最後まで人材は揃っていたところは流石に大国と言うべきか。その方向性が揃わないのは政治的な事情もあり、多様性を確保する意味ではマイナスばかりでもなかった?

 カイロネイア以後のアテネは力が内側に向いて、民主政を高めることに費やした。敗戦の経験を活かして、出来る範囲で軍制をマケドニアに対抗可能な方向に発展させようとは誰も考えなかったのだろうか。
 仮にそうしてもギリシア全体で足並みを揃えないと戦力的に厳しいのはありそうだが、そうなると外交になっちゃうな。ラミア戦争での展開を考えれば海軍だけでも何とかなっていれば……。

 当時のアテネはストラテゴスと政治家の分業が進んでいて、両方をこなしている実力者がフォキオンだけだったのも影響がありそう。そのフォキオンはマケドニアには勝てないと消極的だったみたいだし。
 カイロネイアのときもラミア戦争のときも、アテネの城壁を頼りに籠城戦をしようと考えない様子なのもペロポネソス戦争との違いに思えた。疫病でペリクレスを失った後遺症なのかなぁ。ラミア戦争の場合は海軍が敗れたうえでの籠城戦には期待できなかったのかもしれない。

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カテゴリ:歴史 | 18:20 | comments(0) | -

暴力とポピュリズムのアメリカ史――ミリシアがもたらす分断 中野博文

 岩波新書2005

 ラスボス憲法修正第二条。アメリカと日本では改憲派の保守とリベラルが逆転しそうな分野。そもそもアメリカ国内でも社会状況によってスタンスの逆転があったことが語られていた。アメリカ合衆国連邦政府の歴史よりも古い北アメリカ大陸におけるミリシアの歴史を学ぶことのできる岩波新書。

 軍事関係のことだけに戦争が転機になってミリシアのあり方が変わっていくことが多い。フランクリン・ルーズベルト(と妻のエレノア・ルーズベルト)に関連しては、民主党と共和党のスタンスが逆転していく切っ掛けも見ることができる。
 いまほど共和党が引き返せない状態になる前に、再度スタンスの逆転でも起こしてほしかったよ……。

 セオドア・ルーズベルトの義勇兵師団が実現した歴史IFが見たくなってしまった。あと、アメリカ独立後にイギリスが圧力を掛け続けたのは外交下手の極み。外敵にまとまらず、州ごとの独自性が強まるように動いていたら、今の世界はアメリカ一強状態にならなかったかもしれない。

 サウスカロライナ州以外では南部でも黒人人口は白人人口より少なかったと記述されているのをみて、黒人人口をどこかの州に集中させて選挙で勝とうとする運動はアメリカで起こらないのかなと思った(宗教団体にそれをやられている日本人としては)。
 まぁ、経済格差を先になんとかしないと税収が不安定なことになってしまうのかな。

 本来のミリシアである州軍と民間ミリシアによるミリシア同士の内乱になる事態だけは避けてほしいものだ……。


 

カテゴリ:歴史 | 18:14 | comments(0) | -

文禄・慶長の役 空虚なる御陣 上垣内憲一 講談社学術文庫

 秀吉一人の欲望のために行われた――と証言を集めて書かれている朝鮮出兵がわかりやすくまとめられた文庫。実際には秀吉の野望に乗っかる形で利益を期待していたが、失敗に終わった上に豊臣家が滅んだので都合が悪くなって無かったことにした人間もいたんじゃないかと想像している。
 秀吉一人に責任を押し付けすぎるのも評価を誤ってしまいはしないか。

 まぁ、秀吉の責任が重いのは間違いない。四国や九州への渡海作戦と同じ感覚で、朝鮮への渡海作戦を考えていたと書かれていて、本当なら絶望的な見識の低さである。家康は戦後処理から見ても考え方が違っていたし、織田信長が生きていたら秀吉みたいに無謀な攻め方をしただろうか(戦争自体はしたとしても)。
 よりにもよって一番国際感覚の困った人間が天下統一の仕上げをしてしまったのかもしれない。

 朝鮮側の対応も平和に慣れすぎて内輪の党派争いを優先させてしまうなど、褒められたものではない。もしも独力で撃退できていれば明軍への補給に苦しむこともなかっただろうが時代背景からも現実的ではないな。
 いや、正確な情報を集めて、海軍に人材と資源を集中していれば可能性はあるか。小西行長が加藤清正を李舜臣に討たせようとして、罠を疑った李舜臣が動かなかったことで朝鮮の政府から処罰を受けてしまったのは手痛い。

 小西行長は散々秀吉に苦労させられたのに良く関ヶ原の戦いで西軍についたものだ。あるいは犬猿の仲になってしまった加藤清正の逆についただけだったのか。

カテゴリ:歴史 | 19:46 | comments(0) | -

つながるアイヌ考古学 関根達人 新泉社

 アイヌに関する昨今の流れを紹介し、実際の発掘調査や文献情報の整理などで分かってきたことがまとめられている。琉球の人々は沖縄でマジョリティーなのに、アイヌの人々はマイノリティーになってしまっていることが認知度などの差をもたらしていると日本の南北に生活する少数民族の比較にも言及していた。
 やはり農耕(特に主食の)によって人口を増やせた南と増やせなかった北の違いなのか。
 ただし、松前藩が函館近くの大野で稲の栽培を試みて成功する年もあったことに触れられている。また、17世紀の火山噴火がアイヌの農業にダメージを与えたことも……農耕にはギリギリの環境で、農耕のメリットである食糧の安定化に繋がらないのではそっちに向かうのは難しい。
 北海道にはイノシシがいないけれど、オホーツク文化がブタを持ち込んでいたことを知って興味深かった。

 これまでのアイヌ研究はアイヌと北方の交易を重視して、南方である和人とアイヌの交易への視点が弱かったと著者は述べる。
 アイヌ研究史の部分で敗戦によって国外の研究を行っていた人々が北海道や対馬に目をつけたと説明してるので、流れの上ではそうなってしまうのも自然なことに感じた。流石にその期間が長すぎたということかもしれないが……。

 江戸時代に本州で暮らしていたアイヌに関する記述で、有力なアイヌ首長に易国間(風間浦村)の「アシタカ(足高)」という人物がいたことを知って、いまさらもののけ姫の人物名の元ネタを知ってしまった?アシタカと並ぶ存在のハッピラ(発府羅)が記述の中心だったのだが……。
 あと、津軽氏が新興勢力ゆえに本州アイヌと敵対的だったことを知って、予期せぬところで好感度が下がった。

カテゴリ:歴史 | 07:48 | comments(0) | -

エトロフ島 つくられた国境 菊池勇夫 歴史文化ライブラリー78

 ロシアと江戸幕府の間で領土争いの舞台となってしまった千島列島。日本側の最前線と認識されていたエトロフ島の知られざる歴史をたどる。
 ロシアによるシャナ攻撃の事件はそれなりに大きな事件だと感じたのだけど、現場から離れるほどに危機感は薄くなって、侍の失態を揶揄して喜ぶ町人がたくさんいたところがリアルに感じられた。
 人間の感覚はそう簡単には変わらない。国民国家意識が庶民にまで植え付けられていなかった時代なら当然の反応なのかもしれない。現場が近い東北の漁師たちは戦々恐々としていたようだ。
 補助戦力に位置づけられていたアイヌが命をかけて戦わなかったのは無理もないとしか……エトロフ島の人口が江戸幕府の介入以降減り続けたことを知ると、余計に納得してしまう。

 アイヌ女性が日本人管理者による被害にあっていたのは、長期間の外征において第二次世界大戦まで繰り返された問題がずっと放置されていたのを感じる。
 妻子も連れて行かせるべきだが、収益性が遠距離の輸送費で厳しいことも分析されているので採算を求めてしまったら無理だろうな。

 現地の実力者イコトイがうまくロシアと日本の間で立ち回って千島アイヌを独立させて王になれるかと言ったら、人口差が大きすぎるのでまず考えられないとも思った。もしも、それができていれば歴史は大きく変わっていたのだろうが……。

カテゴリ:歴史 | 04:01 | comments(0) | -

ウクライナ戦争 小泉悠 ちくま新書1697

 第二次ロシア・ウクライナ戦争(著者は2014年の交戦を第一次ロシア・ウクライナ戦争とする)のさなかに書かれたロシアの軍事専門家による新書。元核ミサイル基地だった軍事博物館へのツアーを案内して通訳をやっていた時代から遠くへ来てしまったのは、博物館の職員になっていた元ソ連軍人たちだけじゃなく、マスコミに引っ張りだこになった著者も一緒だろう。

 21世紀においても正規軍同士の大規模な交戦が起こりうることが明らかになってしまった背景やプーチンが主張する戦争の大義名分への反論などがまとめられている。
 ハルキウの反攻が始まった頃に書かれたようで、そちらの分析までは手が回っていない。HIMARSの利用方法試験に合格したとアメリカ人から偉そうに言われたウクライナ軍は現在の試験には合格できているのだろうか……。

 HIMARSの前線後方の拠点を精確に潰していく運用方法は地対地ミサイルでエアランド・バトルドクトリンを実行したみたいに見えたが、専門家である著者の目にはもっと古い第二次世界大戦の航空攻撃に通じるもののようだ(そもそもエアランド・バトルドクトリンも第二次世界大戦における航空攻撃による反撃阻止が発想の源だったか?)

 よく話題にのぼる「ハイブリッド戦争」について、2006年のレバノン侵攻を分析してアメリカ海兵隊の人材が言い出した――ただし大国に対する小国や組織の抵抗手段として――ことで、ロシア側の似た考えは攻める側の視点になっているなどの知見が興味深かった。
 大規模な戦争ではハイブリッド戦争の手法が有効なのは開戦時のみとの意見が、イスラエルとハマスの戦争においても示唆的に思えた。無効だと力押しされつづけていてもハイブリッド戦争の手法を滅びるまで使いつづけた場合の結果をハマスが見せることになるのかなぁ。
 イスラエルの強硬姿勢は2006年のレバノン侵攻を伏線にしているのだろう。

カテゴリ:歴史 | 15:49 | comments(0) | -

ヒッタイト帝国「鉄の王国」の実像 津本英利 PHP新書1376

 タイトルに帝国と王国が並立していて、どっちなんだと言いたくなる。多民族を抑えていた意味では帝国かな。「鉄の王国」そのものが日本のローカルで創られたイメージに近くて、鉄に注目しすぎるべきではないと説明がされていた。

 ヒッタイト帝国の異民族支配は勢力に加えた民族の神を習合させるなど、古代ローマ帝国に先行する要素があるように感じた。圧制一本槍のアッシリア帝国より先にこういうやり方をしていたことは注目したい。
 地図で勢力の伸長方向が説明されているのをみると、シリア方面に意識が強すぎたことが滅亡の遠因になっている印象を受けた。まずアナトリア半島をしっかり固めていれば……?と言っても支配領域とされている内部でも点と線をおさえたスカスカの状態であったなら結果は同じだったかもしれない。
 エジプトが「海の民」に耐えられたのは海以上に障壁の力が強い砂漠のおかげが強いのかもしれない。

 ヒッタイトの発掘された都市を並べて紹介したり、数字を出せるところは積極的に数字を出すなど参考になる情報が多かった。そもそも日本人がここまでヒッタイトの研究に食い込んでいることに驚きを覚えた。
 ただ、トルコ政府の姿勢は今後のヒッタイト研究に若干の不安を覚えさせるものになっている。たとえばドイツ隊が城壁で復元考古学をやることになったのは観光の目玉になるものを造るように政府から言われていたからとか。
 今後もうまく研究が進展すると良いのだが……。

カテゴリ:歴史 | 05:33 | comments(0) | -

縄文と生きる 岡田康博 東奥日報社

 現在三内丸山遺跡センター所長の著者が世界遺産登録などの苦労をつづった東奥日報での連載を書籍化したもの。そのため、内容が多少重複することもあった。
 文化庁に務めたこともあり、史跡を認定する側、してもらう側、両方の経験をもっている。世界遺産に登録する際の「北海道・北東北の縄文遺跡群」という括りがなぜ日本の縄文時代全体にまで拡大しないのかという名称を聞いた時に思った疑問にも答えてくれていた。
 やはりみんな同じことを考えて質問が多かったらしい。

 著者の子供時代から遺跡に親しんでいた経歴やアメリカや中国、エジプトで知見を深めた話もある。
 アメリカの「プリマス・プランテーション」みたいなことを日本の遺跡でやれる日は来るのだろうか。出来たとしても給料が安い割にプロ意識を問われるバランスの悪いものになりそうだと思ってしまった……。
 兵馬俑の説明で「三国志に出てきた項羽」などとおかしなことが書かれていたが誰か気づいてほしかった。まぁ、楚漢戦争は三国志より前の時代だから武将たちの会話には出てきたかもしれない。

 良く使われる「復元」の言葉には語弊があるらしく、地表表示などの言い換えが使われるようになっているそうだ。でも、個人的には「復元」に限界があることを理解したうえで、使い続けたいと思った。

価格: ¥ 2,200
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カテゴリ:歴史 | 10:08 | comments(0) | -

仏教の歴史 いかにして世界宗教となったか ジャン=ノエル・ロベール 今枝由郎 訳

 フランスで日本の仏教を研究していた経歴をもつ著者による仏教全般をわかりやすく整理した本。訳者も著者とは知り合いの研究者であって、丁寧な補足や訂正が加えられている。最後の解説がとても分かりやすかった。
 一神教みたいに統一的な大組織があれば、中国や日本の仏教は「異端」と言われている可能性が高そうだ。
 著者があえてか「小乗仏教」の単語を一部で使っているのに対して、訳者は「テーラワーダ仏教」の用語を専ら用いて説明していた。

 一神教三姉妹としてユダヤ教・キリスト教・イスラム教があって、中国の三宗教に儒教・道教・仏教がある。インドの三宗教をあげるとしたら(イスラム教をあえて省くと)ヒンドゥー教・ジャイナ教・シーク教かな?エローラに寺院があるのは仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教らしい。

 驚いたことにブッダはキリスト教でも聖人ヨサファットとして信仰対象になっているそうだ。キリストより前の時代の聖人って旧約聖書関連以外でどれくらいいるのだろう。
 キリスト教はキリスト教でたくましい。

 日本の仏教に関するまとめで現代における新興宗教の動きからオウム真理教にまで触れられていた。やっぱり、あの大事件を起こした組織は海外からずっと言われることになるのかなぁ……。

カテゴリ:歴史 | 03:50 | comments(0) | -

メソアメリカ文明ガイドブック シリーズ「古代文明を学ぶ」 市川彰 新泉社

 オルメカ文明、マヤ文明、アステカ文明など多様な文明が存在したメソアメリカ文明をコンパクトな一冊にまとめている。文化の少しずつ異なる都市が並立している様子に少し古代中国の都市国家時代を連想した。
 アステカ王国の時代になってさえ、完全に面で支配したわけじゃなくて、支配度の濃淡や粗密が見られる地図が載っていた。有名なトラスカラやタラスコ以外にもメツティトランとヨピツィンコという独立地域があったのだな。

 頭蓋変形と歯牙装飾の風習は痛そうだ――頭蓋変形は実際にはそこまで痛くないのかもしれないが、歯牙装飾は確実に痛いし加工後も問題があっただろう。痛みに耐えることで通過儀礼とするなら、まだ入れ墨の方がいいと思ってしまう。王族が血を捧げる儀礼もあるし、痛みに対する感覚や価値観が違ったりする?その辺は抜歯風習のある先祖だって共有できない気がする……。
 翡翠や黄鉄鉱を埋め込むのはオシャレも入っていたのか。
 子供のしつけを描いた絵文書でも男の子は9歳にしてサボテンの棘を刺す罰を受けていた。

 紀元後600〜1100年頃のメソアメリカ文明の動乱期には強い関心を覚えた。混乱しつつも再編が行われ、落ちていくばかりの時代じゃなかった点が良い。しかし、その時代の大都市であったトゥーラが、その後も覇権を握ったわけでもなさそうだ。
 実に複雑でおもしろい。

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

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