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興亡の世界史10〜オスマン帝国500年の平和 林佳代子

 実はアナトリアよりもバルカン半島に本体をもっていた「オスマン人」による経典の民のためのオスマン人の帝国の興亡史。

 いわいるトルコ人から切り離された国家観がとても新鮮で、興味深かった。民族と国家を不可分のものとして考えてしまいがちな私には、起源からしてイスラム教徒の遊牧民がキリスト教徒の農民を他のイスラム教徒から守っていた帝国の歴史が変わったものにみえる。
 しかし、オスマン帝国を運営する人々にとってみれば、今の民族国家の発想こそが珍奇なものなのかもしれない。けっきょくオスマン帝国はその発想に領土を蚕食され、いまも元オスマン帝国領であった国々で悲劇を呼ぶことになってしまっている。

 スレイマン大帝までの勢いづき周辺をつぎつぎと制圧していくオスマン帝国も魅力的だけど、社会的な変化に呻吟しながらイスラム法の範囲で柔軟に制度を変化させていく内政的な動きもおもしろかった。
 キリスト教徒やユダヤ教徒の支配を可能にしたイスラム教の柔軟性は、先駆者を認められる後進者ゆえの強みなのかもしれない。シェイヒュルイスラムなどの、政教融合した官僚の存在にも思うところがあった。
 古代ローマが軍隊に多くの公的サービス機能をもたせたように、どこにでもある宗教施設に公的サービス機能をもたせることは、腐敗さえなければコスト的にはかなりメリットが大きなことなのかもしれない。
 なんでも分業することの必要性を訴えられるのは、余剰生産力があるからこそと見ることだってできるのだ。
 どうも悪いイメージを付加してみてしまいがちな徴税請負制もくわしく知ると合理的で、書記官たちがよく考えて制度を運営していたことがよくわかった。言葉の説明をするときに、やたらと教科書的な言い回しになるところに郷愁を誘われたりする一幕も……。

 文化的な面で注目したのは、オスマン人にとっての「詩」が猟官運動に欠かせないツールであったこと。将国のアルタイルで主人公のマフムートが詩を趣味にしていることも、違った意味で見てしまいそうだ。誌の力だけでシェイヒュルイスラムになりそうな人物がでたときに、国を捨てると言いだしたウラマーに時代を超えて共感してしまったよ。

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