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春秋名臣列伝 宮城谷昌光

 おおよそ周が首都を東に移してから晋が分裂するまでの春秋時代に生きた名臣たちの物語を地に足のついた文章で再刻印していく。
 旧約聖書を連想させるほど血筋の追跡にこだわった手法が印象的だった。大昔の人間ゆえに本人の話題が限定されることもあるから、こういう運びになるのかもしれない。普通に情報の多い名臣でもエピソードが少数に絞られて、ほとんど霧中の人といっていい孫武と同じように並んでいるのは不思議な感じだ。

 基本的には人物を描いているのだが、人物を描けば彼が生きた世界も描かざるをえないというわけで、春秋時代の中国の様子をイメージ豊かに伝えてくれていた。
 川辺の可耕地をもとめて転々と存在する都市国家の点描という古代中国の様子ありさまが鮮やかに植え付けられて、とても興味深かった。森を切り拓く鉄器の発明はまさに世界を革命する出来事だったのだなぁ。


 宋の楽喜が言ったと伝えられる
「わたしは貪らないことを宝としている。あなたは玉を宝としている。すると、わたしが玉をうけとると、両方が宝を喪うことになる。それぞれに宝があったほうがよい」という金言を読んで彼に
「あなたは貪らないことを宝としている。私は宝を宝としている。すると、わたしが玉をうけとると、両方が宝を得ることになる。それぞれに宝があったほうがよい」と言ってみたくなった。おそらく財産のような具体物ではなく「貪らないこと」という言い方をしているところがミソなのだろう。周到なところも素敵なお方である。

 呉の季礼が古典に中原の人よりも詳しいくらいだったのは、辺境ほど古いものが残る現象なのかなぁ。すべての実物をみたとも思えないので、記憶力だけではなく推察能力も並々ならないものだったと思われる。彼は名臣というよりも賢人にみえたけど……。
 著者が漢文のテキストに勧めていた晏嬰と景公の漫才をもっと読んでみたいと思った。
 他にも興味をかきたてる人物がたくさん出てきて、知識を与え深みへの扉を開く、小説には過剰なほどの力をもつ本だった。

春秋名臣列伝
春秋名臣列伝
カテゴリ:時代・歴史小説 | 01:04 | comments(0) | trackbacks(0)

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