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三国志 第一巻 宮城谷昌光

 他の三国志なら「まだ黄巾の乱が終わらない」と嘆くところが、宮城谷三国志では「まだ黄巾の乱が始まらない」と嘆くことになる。知っていると思える人物が曹騰ひとりだけでは、どうしても視点がそこに集中してしまう。
 おかげで、歴史に生兵法がついていても、主人公を間違えずに読むことができる効果もあるのだが……知っている人々がメインになったとき、今の読み味が維持されるのか、不安に思ってしまった。
 大きく遡って三代を描くのは宮城谷先生の習い癖だから、うまく対処する他ない。

 曹騰や他の宦官、官僚の視点から描かれる後漢はけっこう暗い時代で、名前と正反対の安帝の治世にはため息をつきたくなることばかりだった。
 そのまま乱世に突入してしまわなかったことが奇跡に思えるくらいだ。やはり太后たちの功績は大きいのだろう。先祖の順位に恥じない事績を残したと言える。
 しかし、外戚そのものの是非をいえば非の方が多かったと思えてならないのも明らかで、太后が幸福な例外として、閻大后や梁皇后の時代がやってきてしまう。本人そのものよりも野心豊かな兄弟の巻き起こす騒乱に頭が痛い。
 直接いやな印象を与えてくれる女性は、安帝の乳母とその娘が演じてくれていた。宦官も彼女たちも、狭い宮廷の中ばかりを見ていて、中国全土のことがまったく見えていない。それだけでも許しがたい罪に思える。
 大した能力があるわけでもなく、運良く権力を握れたにすぎないのに、国家の責任を直視したら精神がもたないか……末路は破滅が多く、後世からは指弾されてばかりの彼らにまったく同情しないこともない。
 けっきょく、彼らに権力を握らせる後漢の運営システムそのものに問題があったのだろう。元々外戚の力を借りて興った国だから、その排除は容易ではなく、カウンターウエイトにされた宦官をも増長させることになった。

 それなりの人物と思われる順帝が、後漢の宿痾に権力を次々と与えていく、蟻地獄にハマっている様が悲しくてならなかった。せめて、歴代の皇帝が、長生きしていれば。

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カテゴリ:時代・歴史小説 | 10:06 | comments(0) | trackbacks(0)

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