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「書く」ということ 石川九楊

 けしからん。著者が言っていることはそれだけ。何らかの鬱憤が文学への現状不満の形で噴出しているようにしか見えない。

 ワードプロセッサ批判からはじまって横書き文化、印刷技術までを槍玉にあげている。主張するところによれば縦書きで紙に書くのが唯一最高の方法らしい。そうですか…全然同意できない。説得のために少年犯罪まで強引に持ち出しているところとか、本当に納得できない。
 異常に推測文が多いのも説得力を損ねている。くだらない飛躍をするべきではなく、もっと確かなことを積み重ねて論を進めていくべきだ。はっきりいってこれでは電波。
 まぁ、投稿を手書きに限るアイデアは賞のオリジナリティを得るのには悪くないかもしれない。

 ただしワープロ文化批判については多少実感できる部分がある。私は打ちながら推敲することよりも打つ前に大部分の論を完成されていることが多い。ゆえに長文の作成が苦手になっている。もし長文を打つとしたらまるで長距離走を短距離走の連続で処理するような不細工なものになってしまうのではないか。

 だが、ワープロを含めていろいろな方法を選択できるのは素晴らしいことだ。著者の言う方法がもっとも優れているのなら自然とそこに落ち着くであろう。平安時代とは書き手の人口が圧倒的に違うんだよ。

「書く」ということ
「書く」ということ
石川 九楊
カテゴリ:文学 | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0)

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