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六韜 林富士馬・訳

 伝説の軍師、太公望が書いたとされる兵法書、六韜。その内容は戦場での軍事運動にとどまらず、外交謀略、はては政治までに及んでいる。まぁ、中国の兵法書には良くあることかもしれない。

 内容は周王朝の建設者である文王と武王が太公望に方策を問いかけ、太公望が答える形で進んでいく。
 文王が政治、武王が軍事のことを尋ねる場合が多い、名前通りに。
 ただし、文王への回答にこそ、えげつない謀略を説くものがあって手を血で汚している以上に、文王の手が汚れているイメージを受けるーー太公望の献策を実行したのならば。
 父が汚れ仕事を引き受けて、息子の政権に暗いものを引きずらせないようにしたのかな。

 などとストーリーを考えてみるが、最初の説明にあったとおり、本書の成立は春秋戦国時代以降と考えられる。騎兵が出てくることもあるが、鉄製の武器が出てくる点にも注目したい。鉄製武器が本格的に使われ始めたのは戦国時代からで、秦は最後まで青銅製武器で天下を統一したくらいだから、太公望の口から鉄製武器の話題が飛び出すはずがない。三国志演義の堰月刀みたいなものだ。
 成立年代を考えると興味深いのが「疾戦」の記述で、長平の戦いにおける趙活の行動と一致している。マニュアル人間の趙活が六韜通りの行動を取ったのだとしたら興味深い。実際には自国で戦いながら敵国に攻めいって退路を断たれた場合の方策「必出」を応用すべきだったのだが!!
 ちなみに「鳥雲山兵」では山頂布陣を戒めており、馬謖は弁護できない。同時に山の下に布陣することも捕捉されやすいと問題点を述べているが、谷の場合は条件が違ってくるはずだ。
 逆に六韜をうまく応用したと思われるのが、項羽でこれも「必出」に荷物と食糧を焼却して将士を死に物狂いで戦わせる方策が書かれている。

 これら実際の戦例が六韜より前にあったのか、後にあったのか、考えてみるのも楽しいものだ。教戦のネズミ算式に訓練を広げていく方法は「呉子」と共通する。また「天下は天下の天下」や万民から奪うものではなく与えるものが天下を与えられるとする思想には道家の流れを感じる。
 虎韜以降の内容はとても具体的で戦場を脳裏に描いてみる楽しみもあった。武王が出すあまりに困難な状況設定に「王者はそんな状況に飛び込まない」と答えちゃう太公望が愉快。

関連書評
中国古典兵法書・三略:六韜と最も関連が高いとされる。
中国古典兵法書・呉子
中国古典兵法書・孫子
戦略戦術兵器事典1〜古代中国編:六韜内容の図解あり

六韜 (中公文庫)
六韜 (中公文庫)
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