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歴史・上 トゥキュディデス/小西晴雄・訳

 将軍の一人として参加したアテナイ人トゥキュディデスによるペロポネソス戦争の記録。文句なしの一次史料がこれほど見事な文体で読めるのだから、戦記好きにとっては必読の書といわねばならない。
 ケルキュラとその母都市であるコリントスの対立から始まった戦争が、ヘラス全土へ広がっていって、収拾のつかない状態になる有様はドラマティックである。
 開戦時にはアテナイとコリントスに続いて、ヘラスで第三位の海軍力を誇っていたケルキュラが内乱で無惨な状態になってしまったことには粛然とさせられた。いくらなんでも、ここまで酷い目に遭うほどの悪事を働いたとは思えない。
 アテナイにしても疫病の参加で、傑出した指導者ペリクレスを失っているわけだが――なお本文中には疫病が原因と明記されていなかった――不屈の精神で戦争を続行しているので、あまり哀れさはなかった。
 トュキュディデスに「何もしていないとそれだけで損した気分になる性分」と言われるアテナイ人には本当に感嘆する。対するラケダイモン(スパルタ)人も特殊な連中で、ヘラスの主導権を握るには極端であることが必要条件だったのか、とついつい思ってしまうのだった。

 アッティカでの歩兵戦と、ペロポネソス半島周辺での海戦に集中していれば良さそうなものなのに、戦争がトラキアやシケリアまで広がっているのは、アテナイが海洋国家であることやペルシア帝国の思惑まで絡んでいることが複雑の影響を与えている。
 陸のラケダイモンと海のアテナイという対比はわかりやすいが、著者も描くように、その印象を逆転させる戦いも行われていて興味深い。
 でもやっぱりアテナイ海軍のポルミオンが好きだなぁ。寡兵をもって、大軍を撃破する抜群の指導力。急に出番がなくなってしまったのは、彼も疫病の犠牲になったせいなのか。
 他にもデモステネスやニキアスなど名将が多く現れて、フィリッポス2世がアテナイを「毎年十人も将軍を得られる」と羨んだことが皮肉ではないと理解できた。
 扇動政治家で自分であがった木の上から降りられなくなった感じのクレオンが見事に勝ってしまったことには驚いた。デモステネスを補佐に得たことが大きいにしても、自分でも意外な才能を発見した形かな。
 そして、ラケダイモンのブラシダス!見事な行動力と弁舌でヘラスの北方を荒らし回った彼が思わぬ戦死を遂げていなければ、ペロポネソス戦争の様相はいかに変わったことか。「プールは何で掃除するの?」「ブラシだす!」みたいな名前をしているくせに格好よすぎだ。

 随所に挿入された演説シーンも見逃せない。言葉の力が人を動かし歴史を変えてしまう様子がまざまざと描かれている。みんな、よく長くて論理的に破綻しない言葉をつむげるものだ。
 個人的には口べたなはずの一般的なスパルタ人に共感してしまう。彼らも必要に迫られれば言葉を尽くしてはいるが。
 あとは戦況図が収録されていれば完璧だったのだが、これは他の本から補うこともできる。イメージして自分で描いてみるのもいいかもしれない。
 戦況図さえ具備すれば、何度でも読めるスルメ本と化すに違いない。

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図説 古代ギリシアの戦い ヴィクター・デイヴィス・ハンセン/遠藤利国
歴史群像アーカイブvol.4 西洋戦史ギリシア・ローマ編 有坂純・荒川佳夫

歴史 上 (ちくま学芸文庫)
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