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全訳「武経七書」司馬法・尉繚子・李衛公問対 守屋洋

 武経七書を読破しようと思ったら、別々に翻訳された本になっていない連中がいた……孫氏に傾斜しすぎだと思うの。特に李衛公問対は他の兵法書の話題が頻出するので、別に一冊の本になっていてほしいものだ。二冊買えばいいじゃない?って手もあるにはあるが。
 内容も長々と続いたおかげで前半の司馬法は忘れがちになってしまった。思ったところは個別に記事にした方がよかったかもしれない。李衛公問対で語られているところの諳んじているだけの人間にも劣る記憶力こそ恥じるべきか……。

 司馬法は古くて理想主義的なきらいがあるようにも読めるが、それでいて戦争の厳しさがときどき飛び出すところが良かった。突っ込んだら、それはそれ、これはこれ、と言われそうなところがる。それに聖王に仮託して理想の戦争を語るのは、多かれ少なかれ他の兵法書もやっていることだ。

 尉繚子はともかく厳しい。法家主義が徹底していて、あの連中がリアリストのようでいて、実はひどい夢想家であったことが感じられる内容になっている。兵士を処罰する条件と処罰の内容をそのまま守ったら、戦いよりも刑罰で軍団が消滅してしまいかねない。軍事だけを考えているなら、それもありだが、微妙に政治にも口を出してくるからややこしい本だ。
 成立は秦滅亡前だと革新を込めて言える。法家のやりすぎで秦が滅びた――陳勝呉広の乱など尉繚子的の裏目そのものだ――後にこんな内容を説いても、なかなか認めてもらえないだろう。
 他の兵法書にもあるが賞と罰は効率がいいように、もっとも低い身分の者に積極的に賞を与えて、もっとも高い身分の者には積極的に罰を与えるべしという考えはしょうじき歪んでいる気がする。その意図を兵に見抜かれたら裏目にでるのではないか?当時の兵士はそこまで賢くなかったかもしれないが……。

 李衛公問対は成立が一つだけ遅れているがために、他の兵法書や先例を消化した内容になっている。太宗と名将李靖の会話がミーハー気分で楽しめる。いちいち太宗が持ち上げられているのは、李靖の処世術表現なのか。なんだか気になってしまった。
 奇と正の問題について、突っ込んで――というか、しつこいほどに――語っており、なんとなく分かった気分になった。非常に単純なのだが、だからこそ使いこなせる人間は天才だと感じる。名前は出てこないが、兵法書を表面だけ齧っている人間として趙括や馬謖が繰り返し批判されている気がして仕方がなかった。下手をするとちょくせつ口にすると武運が下がるとすら思われていそう――他の兵法書と同じく、そういうジンクスを否定する内容ではあるが。


 著者による解説は簡潔で、おかしなことは書いていない印象だった。李衛公問対では曹操の評判が悪いとの解説にはニヤリとさせてもらった。逆に諸葛亮は第二列の評価を受けている。
 また、解説と注釈のおかげで、あまり知らない唐初期の知識も得ることもできた。

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司馬法・尉繚子・李衛公問対 (全訳「武経七書」)
司馬法・尉繚子・李衛公問対 (全訳「武経七書」)
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