<< 異戦関ヶ原1〜大坂動乱 中里融司 | main | 「倭国乱」と高地性集落論〜観音寺山遺跡 若林邦彦 >>

世界史人リブレット001ハンムラビ王〜法典の制定者 中田一郎

 バビロン第一王朝の王、ハンムラビの戦いとメソポタミア統一後の制作を綺麗にまとめたリブレット。
 ハンムラビといえば、シャムシ・アダドへの雌伏と、リム・スィンとの対決が目立つ人物だったが、彼にとっての転機はむしろエラム王がもたらしたらしい。
 エシュヌンナがエラムとメソポタミア各国の集中砲火で滅びて、次やバビロンやマーリとなったときに、真価があらわれている。
 エラム王からみれば寝た子をわざわざ起こしたようなもので、間接的支配で満足しておけば、こんなことにはならなかったのだ。みんなから見捨てられているイバル・ピ・エル二世王も悲しい立場で、周辺諸国は助けに動いてくれるどころか、領土をぶんどりに来ている(が、エラムに吐き出さされている)。
 マーリのジムリ・リムが決定的な働きをしている点も印象に残った。その後の立ち回りがうまければ、四方世界の王は彼の称号になっていたはず。
 その後悔があっただけに長年同盟者としてやってきたハンムラビと衝突してしまったのかもしれない。ジムリ・リムとヤフマハ・アッドゥに血縁関係があるらしいことに驚いた。シャムシ・アダドの子孫で命脈を長らえたのは、イシュメ・ダガン系よりもヤフマハ・アッドゥ系ということになるのか?
 シャムシ・アダドの王国をアッシュール王国ではなく、北メソポタミア王国と呼んでいるのも興味深い。まぁ、首都からしてアッシュールじゃなくてシュバト・エンリルだからな。

 内政や法典の話題ではハンムラビがただただ「まっとうな人」にみえてくる。裁判にあたっては動かぬ証拠を重視し、部下に嫌われるリスクがあっても弱者の味方となることを厭わない。
 立派な王様だ。

関連書評
メソポタミア文明入門 中田一郎

ハンムラビ王―法典の制定者 (世界史リブレット人)
ハンムラビ王―法典の制定者 (世界史リブレット人)
カテゴリ:歴史 | 20:01 | comments(0) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

カテゴリ:- | 20:01 | - | -
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。
トラックバック