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邪馬台国の候補地〜纒向遺跡 石野博信

 魏史倭人伝に記された邪馬台国は大和の地にあったのか。最大の候補地とも呼ばれる纒向遺跡の発掘調査結果から検証する。

 東海地方を中心に異なる地域の土器が大量に出土している点が興味深い。それでいながら北九州の土器はあまり出土しておらず、西から東への人間の移動がそれほど活発ではなかったらしい。
 その点から折衷的な邪馬台国の東遷説を著者はバッサリ否定している。
 とりあえずこれだけ大きな遺跡が存在することは確かなので、もっと発掘が進んで特殊性が明らかになれば、言えることは増えていくはず。著者としては大和に邪馬台国があったとしても、その場所が纒向に限られるとは考えていないようだ。

 発掘が150回にも及んでいることに驚いたが、それでも5%くらいが掘られただけであることにも驚いた。これからいくらでも発見があるだろうと思えば、わくわくするし、長生きしたいと思ってしまう。
 生きているうちに邪馬台国の位置が確定することはあるのかなあ。著者の言うように魏からの贈り物についていた封泥が見つかれば……。

 導水設備から発見された高密度の寄生虫の卵にはおののいた。いくらか文明的でも同時は寄生虫からは逃れられない生活だったわけだ。

 読んだ本がシリーズには珍しく第三刷で、邪馬台国論争への注目の高さが伺えた。あと、著者には旧国名をカタカナ表記する拘りがある。セッツ、キビなど。

関連書評
邪馬台国と「鉄の道」〜日本の原形を探究する 小路田泰直
新 日本の歴史1〜大むかしのくらし(旧石器・縄文・弥生・古墳時代) 学研
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邪馬台国の候補地・纒向遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
邪馬台国の候補地・纒向遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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