<< 筑紫政権からヤマト政権へ〜豊前石塚山古墳 長嶺正秀 | main | 原始集落を掘る〜尖石遺跡 勅使河原彰 >>

南国土佐から問う弥生時代像〜田村遺跡 出原恵三

 高知竜馬空港の滑走路端には弥生時代を代表する遺跡が眠っていた。土器の編年にも大きな影響を与えている田村遺跡である。
 太平洋と瀬戸内海の「クロスロード」に位置する田村遺跡は弥生時代の姿についての見直しを我々に迫る。

 朝鮮の影響が直接的に感じられる遺物が多く発掘されていて、海の道がかなり機能していたことが伺える。しかし、黒潮に乗ってくるのは良くても、帰り道はどうしていたのだろうか?瀬戸内海を西に進んで一周していたのかなぁ。
 九州を経由しての朝鮮との交流が考えられているが、直接来ている可能性はないのか。少し妄想してしまった。

 水田跡で見つかった足跡について、高知県警の鑑識課に鑑定を依頼しているのが面白かった。ちゃんと答えてくれるんだな。
 集落の発展と衰退については、流れは分かっても原因は推定の域をでずモヤモヤする。モヤモヤするものが残るから、考古学は魅力を持ち続けているのだろうけど。

 かなり大きい遺跡だと感心して読んでいたのに、倭にあった百余国の一つだったかもしれないと言われると途端に侘びしく見えてきた。不思議だ。あと、田村ムラって言い方がツボに入った。

関連書評
邪馬台国の候補地〜纒向遺跡 石野博信

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

南国土佐から問う弥生時代像・田村遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
南国土佐から問う弥生時代像・田村遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
カテゴリ:歴史 | 09:17 | comments(0) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

カテゴリ:- | 09:17 | - | -
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://sanasen.jugem.jp/trackback/2175
トラックバック