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大友宗麟の戦国都市〜豊後府内 玉永光洋・坂本嘉弘

 戦国時代のポルトガル人たちからは、日本とは別の国だと解釈されていたほど繁栄と独自外交を極めた大友宗麟の豊後府内。その発掘調査からミャンマーにまで及んでいた戦国大名の活動が明らかになる。

 周囲からの扱われ方に、奥州藤原氏を思い出した。府内はさしずめ平泉であろうか。京都の文化を持ち込んで、壮麗な都市を築き上げてみせている。
 宗教的にも異質になろうとしていたし、歴史のIFによっては九州が本当に別の国になってしまう可能性もあったのかもしれない。まぁ、後継者の選択は大事ってことだな。

 出土品は関東の葛西城とは規模と質が違っていて、交易の中心地だった府内の実力が感じられた。
 独自の文化までは行っていないかもしれないが、京都をふくめて周囲からの文化が一カ所に集まっておもしろい何かが生まれそうだった雰囲気がある。
 キリスト教もその要素の一つなのだろう。

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

大友宗麟の戦国都市・豊後府内 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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