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豊饒の海の縄文文化〜曽畑貝塚 木崎康弘

 有明海に面した曽畑貝塚は朝鮮や琉球との交流の痕跡を残す、海に生きた縄文人たちの遺跡であった。
 広大な面積に展開された貝塚から、縄文人の計画的で四季の変化に対応した生活を活写する。

 丸木舟で沿岸は元より、朝鮮半島や琉球に旅した縄文人の勇気には感嘆する。気候が温暖で台風の威力は現代よりも大きかっただろうと著者が説明しているが、遭遇したらひとたまりもなかったに違いない。
 きっとその季節は避けているよね……。

 縄文人が利用していた植物が利用方法と共に細かく説明されているところもよかった。勉強になった。
 灰汁抜きの必要がないイチイガシを優先的に貯蔵しているあたり、労力を節約しようとする縄文人の工夫が感じられる。表によれば東日本のドングリ類は灰汁抜きが必要なものばかりだったようで、西日本はその点で有利だな。
 でも、灰汁抜きの必要が別の工夫やそれにともなう発展をもたらした可能性もある。

 曽畑貝塚に関連する考古学者の一人として小林久雄が紹介されている。土器編年に偉大な足跡を残しながら、開業医であり、戦後には町長をつとめるなど、異彩をはなつ人物である。人間生きている間にいろいろなことができるものだと考えさせられる。

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豊饒の海の縄文文化・曽畑貝塚 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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