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五千年におよぶムラ〜平出遺跡 小林康男

 また長野県か……しかも、発掘史の中で長野県が誇る採集人型発掘兵器宮坂英弌氏が登場した。漫画家でいえば「手塚面」にとらわれた人を理想にするのは、なかなか難しい問題があると思うぞ。
 なんにしても戦後の拠り所を失っていた時代に、まじめに遺跡を発掘する方向に邁進した信州人は賢い。実在したこともない復興天守を建ててしまった人々とは大違いだ。
 尖石遺跡でも募金を集めていたのに平出遺跡でもちゃんとみんながお金を出してくれていることに感動した。あと、三笠宮がいい仕事している。まさか、あそこまで巻き込まれることになるとは想像していなかったと思うが、乗りかかった船だ。

 平出遺跡については縄文時代前期から平安時代まで出土品が得られる点で非常にスペシャルな遺跡であることが分かった。緑釉の水差しは本当に逸品である。
 それぞれの時代にあった生活を平出の人たちが取ってきたことが住居跡の配置などから分かって興味深い。住居の建設コストが高ければ、多少不便でも移動距離を大きくして生活の場所は変えなかったりしたのかなぁ。
 戦争によって高地に暮らさざるを得ないような状況にもならなかったことが分かる。やたらと火事にあった痕跡が残っている点は気になるが……。

 住居復元の話題が出てきたが、複数の時代にまたがって同じ場所に家が建てられた遺跡ではすべての時代を一度に表現することはできない。その点が復元の問題として気になった。
 平出の泉から流れる沢と渋川によって三つに区画された平出ムラの姿は記憶に残るものだった。いちど、現地に行ってみたいものだ。

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五千年におよぶムラ・平出遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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