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最古の農村〜板付遺跡 山崎純男

 福岡市に存在する弥生時代最初期の水田をともなう遺跡、板付遺跡の発掘調査記録。
 水田で作業をしていた人々の足跡も残っていて、取水と排水の構造も再現することができるなど、長く水に浸かって保存されていた利点が存分に現れている。
 出土直後の落ち葉が緑色を残していて、取り上げるとすぐに黒くなってしまったという話に、発掘のロマンを感じた。

 ただし、高地にあった集落は削平を受けてしまっているため、表面に近い構造は残っていない。
 田圃の構造が根本的には現在と変わることがなく、最初から相当完成度の高い状態であったことが興味深い。外部から伝来したことがうかがえる結果である。

 環濠内部には家がなくて害獣から穀物を守る機能が大きかったらしいことが新鮮だった。他の遺跡では陸橋にも幅50センチ、深さ70センチのネズミ返しが付けられていたとのこと。

 発掘に関係する周辺住民との話が気になって、関係者の心理に想いを馳せてしまった。移転先を近所にしたので、そっちまで発掘調査をする必要が出たことや、毎日見学しに来ていた人が病気の妻のために石膏の足形をとってもらったことなど、地面をひっかく行為が必然的にそこに暮らす人々との関わりを生んでいる。
 土器発見の切っ掛けになった畑に入っても許してくれた優しいおばあさんが、移転を迫られることになった人に何か言われたんじゃないかと切ない想像をしてしまう。
 でも、少し長い目でみればやっぱり遺跡は地域の誇りになる。日本最古の水田があった土地で、今の水田が営まれていることは現地の農家に特別な想いを与えているのではないか。

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最古の農村・板付遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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