<< 古代東北統治の拠点〜多賀城 進藤秋輝 | main | 房総の縄文大貝塚〜西広貝塚 忍澤成視 >>

北の縄文鉱山〜上岩川遺跡群 吉川耕太郎

 東北の日本海側には石器の加工に適した珪質頁岩が分布する。特に秋田県では本書にある上岩川遺跡群が三段階の最上級、玉髄に近い品質をもった頁岩が産する土地だったという。
 しかし、A級の頁岩は加工が難しく、実用性の面ではかえってB級の頁岩の方が適当なところがある。
 それなのに何故あえて最上級の頁岩が採掘され、加工されていたのか。そんな疑問から縄文時代の物々交換ネットワークが見えてくる。

 お金がない時代の石槍は、破損しても加工して他の石器にできる点からもお金の代わりになっていたのかも。まぁ、お金と考えるには流通量が少なすぎるか。
 シリーズの他の本で出てきた遺跡がたびたび取り上げられるので、有機的につなげて考えることができた。

 珪質頁岩の採掘はまともな道具のない当時はとてつもなく大変だっただろうと思う。ついつい現代の感覚で想像してしまうが、鉄製のスコップなんてものはないわけで、鹿の角などを使ったとしても1m掘り込むのにどれだけ時間の掛かったことか。
 石器の加工も大変だし、縄文人の根気強さを想像して、唸らされるのであった。

 筆者が珪質頁岩を求めて秋田県をさまよう人になっていて、姿を想像するとおもしろい。なんだかお金にならないものを探す山師という感じだ。

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

北の縄文鉱山・上岩川遺跡群 (シリーズ「遺跡を学ぶ」083)
北の縄文鉱山・上岩川遺跡群 (シリーズ「遺跡を学ぶ」083)
カテゴリ:歴史 | 20:08 | comments(0) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

カテゴリ:- | 20:08 | - | -
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://sanasen.jugem.jp/trackback/2192
トラックバック