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よみがえる大王墓〜今城塚古墳 森田克行

 真の継体天皇陵との下馬評も高い、摂津の今城塚古墳。伏見地震で大ダメージを受けていたことが判明するが、丹念な復元作業によって豊かな埴輪群をともなっていたことが徐々に明かされていく。
 日本の兵馬俑とは凄い表現を思いついたものだ。写実性で比較してしまうと首を捻るが、抽象的ゆえに芸術性を醸し出しているという視点からみると、おもしろい造形ぞろいではある。

 著者によれば今城塚古墳に後から追加された張り出し部で埴輪が再現していたのは、殯の風景とのこと。
 本物の殯も後継者を確定するために行われたというので、張り出し部の再現は二重に埋葬者よりも後継者のためのものだったのかもしれない。

 継体天皇は権力を掌握した経緯に謎の多い人物だが、著者は汎淀川流域の勢力に、彼の権力基盤をもとめる。また、東の尾張氏が一枚噛んでいるという。
 埴輪や副葬品の系統から、そのあたりが読みとれるのも興味深い点である。もっとも、今城塚古墳が継体天皇陵であると確定しなければ、不安定な状態は続くのだが……自然現象の地震がなければ、とは流石に言いづらい。
 それでも、長年、今城塚古墳を敬い、維持してきた地域住民のおかげで何とか指定をえられるまで形を保ってこれたのだ。信心は考古学の味方にも敵にもなるなぁ。

関連書評
鉄剣銘一一五文字の謎に迫る〜埼玉古墳群 高橋一夫:こちらの埼玉古墳群でも張り出し部の埴輪群が存在するが、こちらは殯の風景ではないと著者が考えている

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よみがえる大王墓・今城塚古墳 (シリーズ「遺跡を学ぶ」077)
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