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古墳時代の地域社会復元〜三ツ寺軌篝廖ー禧硬

 衝撃の事実。群馬の由来は車だった!しかも、読みも近代までは「くるま」だった。しかもしかも地域の権力者が天皇のアッシー(死語)だったことに由来する。
 馬よりも車が早く、馬の方が今に残ったままになっている。戦車・騎兵・戦車の変遷を知っていれば不思議ではないが、一見するとおもしろい状態だ。
 上毛野から毛が取り除かれたことといい、この地方には地名に関するおもしろい由来が多いなぁ。

 三ツ寺軌篝廚六笋本書を読む前から知っていた少数派の遺跡で、それは城の歴史関係の本に載っていたからだった。
 著者が古い復元としている、張り出し部の櫓も再現されていた気がする……防御力がないかと言うと、やっぱりあると思うけどね。
 三ツ寺軌篝廚鮟鰻發靴燭里老垣ではなく、火砕流だったという結果には参る。

 この遺跡が首長の居館だと断定はできていないが、近隣の保渡田古墳群と関係があることが想定されて、1対1になっている。それ以上に、水にまつわる祭祀の話題が興味深かった。
 なんだかインダス文明的だなぁ。そう思ってしまうと、近隣の集落までが火山性堆積物に埋まっているのはポンペイ的に見えてくる。国内なのにエキゾチックだな、群馬って。

関連書評
東国大豪族の威勢〜大室古墳群[群馬] 前原豊
日本の城[古代〜戦国編]〜知られざる築城の歴史と構造 西ヶ谷恭弘・香川元太郎:三ツ寺軌篝廚良元イラストあり

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

古墳時代の地域社会復元・三ツ寺1遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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