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縄文のイエとムラの風景〜御所野遺跡 高田和徳

 岩手県北部の内陸部、ひとつの高台をまるまる占拠する形で、縄文時代の住居群がみつかった。
 熱心な保護活動により遺跡公園となった御所野遺跡である。いくつかの竪穴式住居が復元されたことで、いろいろなことが分かってきた。特に焼け落ちた竪穴式住居の発掘は新知見をもたらした。その詳細が語られる。

 屋根には土が乗せられていたということで、外見がアイスランドの家を連想させるものになっている。内部には木材がふんだんに使われて、大きな竪穴式住居を造るには400本の木材が必要という実験結果なので、中身はまるで違うのだけど。

 竪穴式住居の復元実験では道具まで縄文時代のものを使っていて、その徹底ぶりに驚いた。現代の道具は3.4倍の効率があるとのことだが、道具を作る手間まで比較したら、どうなるのだろう。
 焼けた竪穴式住居は、火をつける実験からわざと放火されたと判断されている。家を造る労力が宗教的な意味があったとしても、そうやって失っても耐えられるものであったのは間違いなさそうだ。

 岩手県には一戸町、二戸市、三戸郡があるってことは、三箇所に四戸ずつ復元されている御所野遺跡は三県分に相当するな(ぐるぐる目)。

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縄文のイエとムラの風景―御所野遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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