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弥生実年代と都市論のゆくえ〜池上曽根遺跡 秋山浩三

 大阪南部、広大な海岸の平野にある池上曽根遺跡は大規模な建物が何度も立て替えられた痕跡や環濠の見つかっている遺跡であり、年輪をつかった年代測定から弥生時代を大阪の100年さかのぼらせた記念碑的な遺跡でもある。
 周辺地図が遺跡で埋まっていて、福岡の平野と似た状態になっている。古代の遺跡密度ではやはり、この辺りは強いようだ。

 弥生時代の都市に関する話題について、著者は池上曽根遺跡では分業化が進んでおらず、集落が稲作農業の必要性から一時的に大きくなったものに過ぎないと主張する。
 水や火を大量に使う仕事場は自然と特定の場所に集まるから、遺物が集中してもおかしくないというのは、鶏と玉子の話に思えた。集落が移動しないものになって仕事人が代を繰り返して固定されれば専業化になるのだろうけど、それはなかなか難しかったみたい。

 個人レベルでみれば一人でいろいろなことができた方が生存率は高い。専業化にはリスクがある。集落にとっても交代要員が用意できないなら専業化は進めにくいはずで、ある一定以上の人口にならないと踏み切れないのではないか。
 徐々に進行するものではなく、ジャンプが必要なのではないかと、素人考えをもった。

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弥生実年代と都市論のゆくえ・池上曽根遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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