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中世日本最大の貿易都市〜博多遺跡群 大庭康時

 流行の最先端!天目茶碗や結桶が日本列島の平均に比較して異様に早く出土する博多の歴史を遺跡調査から追う。
「日本の水際」と呼ばれ、中国や朝鮮、琉球との交流の中で生まれてきた多国籍的な都市のありかたが面白い。

 京都の土師器や瀬戸の模倣的な青磁を受け入れないなど、文化の先進地域であるという気位の高さがうかがえる。逆に土器に漆を塗った天目茶碗の模倣品まで現れている地方の状況に哀れみを感じてしまった。独自の道をいければ、そんな風にも思わなかったのだろうが……。

 町割りの調査では側溝の変遷が興味深かった。ちょっとずつ道にはみ出してくる家を道がある程度せまくなったら追い返して道を広げるというシーソーゲームが延々と繰り広げられていたようだ。火事との関連も気になる。
 息浜が湾で分断された中世の町割り推定復元図をみていると、寺が砦としての働きを期待されて配置されているように見えた。国際的な戦火を経験してきた町だけに領主がいなくても防衛意識があるようだ。

 中世の博多の息を止めたのが、国外の敵ではなく、南から来た島津氏であることに悲しさを覚えた。そういえば薩摩と朝鮮は博多からみて等距離にあるんだったな……。

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中世日本最大の貿易都市・博多遺跡群 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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