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東北古墳研究の原点〜会津大塚山古墳 辻秀人

 かつては日本の中央部より数百年遅れたタイプの古墳が造られていると考えられていた東北地方。しかし、現実は同時期に古墳の築造が展開されていたことが会津盆地の古墳群研究によって明らかになる。
 その背後には北陸地方から移動してきた人々の痕跡があった。

 同時代の能登地方とよく似た土器が特別に発見されるとのことで「歴史は繰り返す」を連想させられる状況がみえてくる。上杉氏は会津にとっては再来だったのかもしれない。
 戦国時代の場合は越後なので、ちょっと違うけれど。

 そんな事情もあって集中的に巨大な古墳が築かれていたとのことだが、東北2位と3位の前方後円墳があると繰り返しいわれると1位が気になった。それだけは会津盆地ではないみたいなので。
 会津盆地に三つの勢力がいたらしいことも興味深い。彼らは大和王権と結んでいたとのことだが、穿った見方をすれば、大和王権が三者とそれぞれ結ぶことで会津盆地をひとまとまりにしないように干渉していたのではないか。
 ひとつの古墳群だけはしばらく後の時代まで追えるが、大和王権との関係は薄れていったらしいことが、そんな文脈からも気になる。

 東北の土器は寒冷化の影響によって狩猟採集文化に戻り、縄文風に先祖返りをみせていたという話も興味深かった。

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東北古墳研究の原点・会津大塚山古墳 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
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