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東山道の峠の祭祀〜神坂峠遺跡 市澤英利

 長野県と岐阜県を隔てる神坂峠は古来東山道が通過する地点だった。そのため、神坂峠には連綿と続く祭祀の後が残されていた。
 山地で発見された珍しい遺跡の歴史を追う。

 恵那山と富士見台に挟まれた神坂峠の峻険さには圧倒される。よくこんな峠を多くの旅人が越えていったものだと感心するが、旅人にとっては「越えるしかなかった」に違いない。
 だから無事を祈って、あるいは感謝して、多くの捧げ物が残されている。生活の痕跡を調査するのと違って、人々の思いに直接ふれる印象がある。
 そのため感動も大きい。
 しかも、峠を越えるのと同じく、調査をおこなうのも苦労だったに違いない。どこか同志的な意識が芽生えていたかもしれない。

 官道として整備された東山道は中世からは商品を運ぶ道として変質していくが、1586年の天正地震によって神坂峠のルートは使われなくなってしまう。
 とりあげられている地元での天正地震の記録によれば1年間余震が続いたとあるので、単純に養老断層が原因とは考えにくい気がする。阿寺断層なのか、誘発地震があったのか。
 そちらも興味のあるところだ。

 地名の神坂についてだが、中津川市鉱物博物館の企画展解説書によれば、江戸時代より前の昔は恵那山のことが神坂と呼ばれていたという話がある。しかし、地図をみると、今は神坂峠の近くに神坂山と名付けられた山がある模様。うーん?

関連書評
古代祭祀とシルクロードの終着地〜沖ノ島 弓場紀知:山と海の違いはあるが、旅の無事を祈る思いに共通点を感じられる。時代も重なるので石製品を捧げることではダイレクトに共通している。
第15回企画展 恵那山〜その地質となりたち 中津川市鉱物博物館

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

東山道の峠の祭祀・神坂峠遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」 44)
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