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東アジアに開かれた古代王宮〜難波宮 積山洋

 東アジアに開かれていたから、東アジアとの外交が冷え込んだら必要性を失った難波宮。主体的に外交を暖める力はまだなかった。あったとしても宮が存続する形に持って行くだけの力はなかった。まぁ、そういう都市は後世になっても日本ではかなり稀だが。

 大阪城もある上町台地でみつかった難波宮はなかなか充実した施設を備えていて、当時の「副都」にふさわしい存在であったことが分かる。
 聖武天皇の複雑な方針にふりまわされながら、60年存続しただけのことはある(と著者が述べている)。

 当時の上町台地は結構複雑な地形をしていて、谷などが見られたことが考えてみれば当然のことなのに驚いてしまった。石山本願寺や大坂城が有名なせいもあって、ずっとずっと昔から人工的な整形された地形でイメージしてしまうのだが、何事にもはじまりはあるわけで難波宮はそのはじまりを示すものと言える。
 出土品などのデータベースからCISで古代の地形を復元した図が凄かった。とても小さいバージョンなら石器の分散から谷のある地形が復元されているのもシリーズの本にあったなぁ。
 谷は埋め立てられるものというイメージがついてしまうが、逆の場合は発掘のしようがないのだ……。

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東アジアに開かれた古代王宮・難波宮 (シリーズ「遺跡を学ぶ」095)
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