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大仏造立の都〜紫香楽宮 小笠原好彦

 さまよえる湖ロプノールならぬ、さまよえる聖武天皇の都。平城京から関東(彼の時代の関東は近江より東である)にぶらり自分探しの旅に出かけたかと思えば、恭仁京の位置にとどまって遷都くん。さらには難波京と本書で発掘が取り上げられている紫香楽宮への興味も見せる。
 遷都マニアか!

 筆者は恭仁京と難波京などの配置から、聖武天皇の意図を、唐の複都方式を日本に当てはめようとしたものと読み解く。
 中央を木津川が流れる異例の配置を、洛水が貫流する洛陽になぞらえて解釈している。
 難波京との間に水運の便を確保したという発想は魅力的だった。

 問題の紫香楽宮は大仏造立のために一時的に造られた都と考えられる。度重なる遷都などで、木材資源を消費して、近江の山奥にしか求める場所がなかったと言うのは凄まじい話だ。
 さらりと巨大で無理なことをやる聖武天皇が怖くなってきた……。

 大仏をつくった行基の知識結についての話もあり、当時の日本や組織が抱えていた様々な矛盾がみえる気がした。

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