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銀鉱山王国〜石見銀山 遠藤浩巳

 江戸時代に大量の銀を産出して世界経済に影響をあたえた石見銀山。世界遺産への登録に関連して大規模な調査がおこなわれた石見銀山の実態と開発史をえがく。

 山師という言葉がプラスというか自然な意味で何度も使われていて新鮮だった。鉱山技術が遠い時代になってしまったことを感じる。
 途中には江戸時代の役人に書かれた鉱山関係用語の解説があって、当時の人々にとっても鉱山労働者の世界には異質なところがあったことが想像できる。

 発掘では吹屋と呼ばれる精錬に関連した建物の跡がたくさん発見されている。比重選鉱のために大量の水を山頂付近で確保できることが重要だったと書かれているが、坑道を掘っていくためには大量の水があると水没の危険があるわけで、どうやって折り合いをつけているのか気になった。
 その答えは後半に出てきた採掘方法の部分で、山頂付近では露天掘り、中腹まででは鉱脈を追うひ通し掘り、山麓付近では排水機能ももった坑道掘りということになるか。

 明治時代の藤田組による再開発も紹介されているが、近代技術を投入しても江戸時代を通して開発がおこなわれていた鉱床から収益をあげることは難しかったようで、銅生産などにシフトしている。それも第一次世界大戦後の銅の暴落で終焉し、長い時を経て世界遺産になることで再び脚光を浴びたわけだ。

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銀鉱山王国・石見銀山 (シリーズ「遺跡を学ぶ」090)
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