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北方古代文化の邂逅〜カリカリウス遺跡 椙田光明

 北海道の東の果て、標津。町の北側にある丘陵地帯には大量の竪穴式住居が、現代でもそのまま窪みが確認できる状態で存在していた!
 トビニタイ文化と擦文文化の住居跡が近接し、アイヌ文化へのつながりも見える重要な遺跡の内容が紹介される。

 縄文時代以降、日本の本州とは異なった歴史を歩んだ北海道の歴史が駆け足で紹介されている。それに圧迫されて遺跡の紹介ページが減ってしまっているが、すばやくオホーツク文化やトビニタイ文化のことを知ることのできるメリットはあった。
 擦文文化の縦穴式住居が、トビニタイ文化の竪穴式住居と同時代に存在していたらしいことを、立地による棲み分けの説明を読むまで理解していなかった。
 サケ・マス資源の利用に差があるものの、二つの文化は同居して暮らし、だんだんと変化していったようだ。平和的すぎてイメージしにくい……。

 特殊な大型や長方形の竪穴式住居(住居として利用されていない可能性が示唆されているが)の考察や、アイヌ時代に入ってからのチャシに関するまとめもあって、施設に注目したコミュニティーの姿がおぼろげながら見えてきた。

 ヒグマにおびえながら三つ叉の干し草用フォークを住居の中央に刺して炉の形式がトビニタイ文化か擦文文化か区別をする作業を1500の住居跡に対して行った著者の苦労が住居群を色分けした図から偲ばれる。

 地名にイタリアを感じてしまった。ポー川がモロだし、カリカリウスもローマ人の名前っぽい。不思議だな。もっとも発音を直接聞いたらぜんぜん別物かもしれない。
 航空写真の標津川に多くの三日月湖があったが工事で直線化されたときに生まれた人口の三日月湖っぽいな。

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北方古代文化の邂逅・カリカリウス遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」098)
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