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古城の風景4〜徳川の城、今川の城 宮城谷昌光

 愛知万博の混雑を嫌った一行は尾張ではなく、遠江と駿河の城を巡ることにした。
 家康が徳川を名乗ってから築城した最初の城は三河にはなく遠江にあった。徳川視点では伸張期を追う形になるために明るいかと思えば、そうとも限らず、滅亡する今川視点での語りも多かった。
 ついでに武田もいるが、まぁ鬼畜武田が滅びるのは世のため人のためである。春日虎綱の思い切りすぎたほど思い切った五箇条を武田勝頼が受け入れていたら、家康は武田氏をしたがえた北条氏との戦いに二カ国領有の時点で直面する羽目になったのかな。
 春日虎綱も諫言が完全に受け入れられるとは思っておらず、現状の厳しさを認識させるために極端なことを言ったのかもしれない。だが、極端な手段を取らなければ打開できないほど厳しい状況に追いつめられていたのが武田勝頼だった。

 今川氏に内紛が多いことを語るときに、宮城谷先生は元の足利氏の兄弟喧嘩からそういう一族だと説明していたけれど、源氏の時点で……源氏はよく幕府を二回も興したものだ。
 雪斎と伊勢早雲の評価がとても高くて、そこに宮城谷先生の趣味が感じられた。

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古城の風景〈4〉徳川の城・今川の城
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