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カメラが撮らえた会津戊辰戦争 「歴史読本」編集部・編

 会津藩の特殊性を中心にすえながら、会津戊辰戦争を豊富な写真と図でえがく。別名会津若松城は鶴ヶ城の表記で統一されている。鶴ヶ城総攻撃の図で、攻める側に会津藩の色が塗られていたのだが、間違いであろうか?
 出撃した部隊が戻ってきて戦ったり、けっこう戦線が入り乱れている。
 母成峠の防衛に失敗したことが非常に痛手で、会津藩は内線の利をいかせず、むしろ各峠の防衛に兵力を分散させてしまった形だ。通信網と交通網がよほど整備できていなければ、離れた峠のあいだで兵力を融通することは難しい。
 鶴ヶ城の補給線をめぐる戦いにはアメリカ南北戦争のアトランタの攻防戦やリッチモンドの攻防戦に似た部分があって、非常に興味深かった。もっとも当時の会津藩に鉄道はなかったけれども。

 本書の描写ではよく弱さを指摘される仙台藩よりも、米沢藩の情けなさが際だつ。武名の高い上杉家の末裔があんな振る舞いでよかったのかな?戦国末期に奇跡的なお家生き残りをなしとげた血の方が濃かったのかもしれない。

 会津人の特殊な死生観について学んでいれば第二次世界大戦での悲劇を緩和できた気がした。残念ながら死ぬ気で戦って本当に死んでしまっては余計に兵力が劣勢になり状況を改善できない。
 また西郷家を代表とする女子供老人の大量自刃の背景として「籠城戦の足手まとい」になるまいとする心理が働いたという推測が書かれていて、現代の障害者や生活保護、年金生活者をはげしく攻撃する世相につながっていると思えてぞっとした。

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会津戦争全史 星亮一
幕末戦史 歴史群像アーカイブvol.12

カメラが撮らえた会津戊辰戦争
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