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日本海を望む「倭の国邑」〜妻木晩田遺跡 霤栂吃

 遺跡を学ぶシリーズ111
 鳥取県西部、島根県東部と接する地域の丘陵地帯にゴルフ場開発を契機に発見された弥生時代の巨大な村落があった。ゴルフ場開発を断念させて続けられた発掘によって、ダイナミックに変化する300年つづいた村の姿が明らかになった。

 同時に存在した竪穴式住居を整理することで、時代ごとの村の繁栄状況が示されている。
 最盛期を迎えた後の人口減少とそこからの立ち直り。そして、急激な終焉という流れが興味深く、想像をかき立てられる。
 著者は前者はクリ木材の資源問題、後者は政治的判断であったと推測している。もしも、住居に使われたクリ木材が確認できて、その年輪を観ることができたのならば前者については検討できるのだが……酸性土壌がうらめしい。
 でも、谷部からは木製品も出土している出土品に恵まれた遺跡である。

 宝石工房があったことを示す砥石などの出土品も興味深かった。
 巻数の近い北近畿の大風呂南墳墓と比較したくなった(あちらも水晶の加工などをおこなっていたし、年代が下がると墓から小児の埋葬が排除されていく)。

 ダジャレの意図はなかろうが、コザンコウ遺跡をご参考にしていてクスリとした。

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

日本海を望む「倭の国邑」 妻木晩田遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」111)
日本海を望む「倭の国邑」 妻木晩田遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」111)
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