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九州の銅鐸工房〜安永田遺跡 藤瀬禎博 遺跡を学ぶ114

 かつて学会を支配していた銅鐸文化圏の近畿と銅剣・銅矛文化圏の九州という考えに一石を投じることになった安永田遺跡。北九州で銅鐸が製造されたことを示す石製の鋳型が発見されたことから、弥生時代における北九州の文化圏を見直す。

 近畿の鋳型が石製から土製に変遷していくのに対して、北九州では弥生時代の終わりまで石製の鋳型がかたくなに用いられていた。そういう独自性の現れている点が興味深かった。
 統一された仕様の銅鐸をばらまくためには耐久性のある石製の鋳型の方が都合がいいとのこと。それなら、土製の鋳型の型があればいい気もしたが、近畿における銅鐸の生産事情が分からない。
 季節風をうまく利用すればフイゴなしでも銅を溶かす高温の火が起こせる構造に遺跡がなっているなど、実験によって得られた情報も興味深かった。

 男性の方がはっきりと渡来人の形質に現れているとの遺骨の研究結果は、渡ってくるのは男性が多くて、現地の女性と結婚するパターンを想像させた。女性の情報がしっかり得られていない影響もありそうなので思いこむのは危険かな。
 文明の入り口となるだけに弥生時代の北九州で起きていたことは面白い。綾杉状研ぎ分け文様の銅矛が北九州以外では島根で発見されていることも想像を膨らませてくれた。

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九州の銅鐸工房 安永田遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」114)
九州の銅鐸工房 安永田遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」114)
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