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享徳の乱〜中世東国の「三十年戦争」 峰岸純夫

 応仁の乱より13年早く戦国時代に突入した東国。それどころか、東国における享徳の乱が、応仁の乱の遠因であったと著者は主張する。
 関東の支配権をかけておこなわれた足利家の「兄弟対決」、その顛末とは。

 享徳の乱で足利成氏が朝敵となりながらも戦い抜くことができた前例から、後北条氏は豊臣秀吉への反抗を試みたのかもしれないと思った。足利義政が動員できた守護大名が、関東周辺の越後や駿河の大名だけであったことが京都側の限界になっている。
 それでも足利義政が手紙攻勢によって足利成氏の打倒を積極的に目指していた事実は興味深かった。足利義昭が参考にしていそうな印象すら受ける。東北の大名に呼びかけて敵の包囲を狙っているし。

 苦しい状況で戦い抜いた足利成氏も確かに只者ではない。その能力で京都と助け合っていれば……と思わないでもないが、都(京都)と鄙(鎌倉)が争うことは足利氏の遺伝子レベルに刻み込まれた宿命であったらしい。

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享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」 (講談社選書メチエ)
享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」 (講談社選書メチエ)
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