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邪馬台国時代のクニの都〜吉野ヶ里遺跡 七田忠昭

 シリーズ遺跡を学ぶ115
 ついに出てきた吉野ヶ里遺跡。何が近畿説だ、吉野ヶ里遺跡が邪馬台国の都だ、オラアアアアア!と訴える。タイトルでは一歩、後退しているが、魏史倭人伝に条件が一致するのは吉野ヶ里遺跡だけだと訴えている。あと、はじめて名前が記載された日本人である帥升もご近所の出身であった可能性があると地名から指摘している。

 邪馬台国の位置問題はひとまずおいても、吉野ヶ里遺跡が大規模で重要な遺跡であることは間違いない。
 その発掘成果はかなりのもので、復元も規模が大きすぎて模型にみえてしまうほどだ。それでいて、まだ調査されていない部分もあったりするから将来が楽しみである。

 著者の父親が吉野ヶ里遺跡の調査と保存に熱心な人で、著者がそれを受け継ぐ形で調査に関わるようになったという経緯も印象的だった。いまの姿をみれば、保存が決まって本当に良かったと感じる。
 そんな著者がいまやっている仕事は佐賀城本丸歴史館の館長らしく、担当する時代が違う。

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