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戦国大名と分国法 清水克行

「人と人のもめごとというのは、どちらにも道理はそれなりそれなりにあるものです。(だから、裁判というものは)とりあえず双方を比較して、道理の少ないほうを「非」としているだけのことである。」最上義光(伊達家文書)

 さっすが、しゃ……最上義光公いいこと言う!著者はこの言葉から戦国時代の人間にも彼らなりの倫理観があったことを指摘している。最上義光を戦国時代の平均にしていいのかは疑問ながら、分国法を通じて当時の人々の心のありように触れることができたのは間違いない。
 最上家は分国法を制定していないが、東は伊達氏から西は六角氏まで5つの家で作られた分国法が取り上げられている。
 著者の結城政勝がつくった分国法へのツッコミの嵐には楽しませてもらった。「結城政勝の憂鬱」というタイトルでライトな読者にも手にとってもらいたいくらいだった。
 戦国時代の家臣が暴走することヤンキー漫画のごとし。著者がもっとも整ったと評価する今川かな目録でも席次あらそいをやめさせるため、名指しの条文がある。

 家臣(あるいは当主)の制御から、領民の支配まで、分国法の内容から制定者の視点がわかるところも面白い。それまで明文化されていなかったものを初めて明文化した分国法の流れは、現代日本の法にも隠れ潜んでいると感じた。
 流れ着いた船は好きにしていいという慣例がトラブルをおこした例は、第二次ポエニ戦争末期のカルタゴにもある。ハンムラビ法典のことを考えても人が考える慣例や、そこから生じる問題には、世界的に共通点を発見することもできるのかもしれない。

関連書評
今川氏滅亡 大石泰史 角川選書
原典訳ハンムラビ「法典」 中田一郎訳

戦国大名と分国法 (岩波新書)
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