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日本海側最大級の縄文貝塚 小竹貝塚 町田賢一 遺跡を学ぶ129

 表紙写真のアクセサリーは「旅の人(富山県のニュアンスでは外来の人)」の持ち物と推定されている。遺跡の代表として不適当にも思えたけれど、小竹貝塚の日本海を通じて日本の南北から人が集まっている様子を表現するには適当なのかもしれない。

 94%がヤマトシジミの日本海側最大級の縄文貝塚からは91体以上もの人骨が発掘されている。出土品と人骨の研究をあわせることで縄文人の生活がみえてきた。
 中には長生きした人もいたものの、どうやらかなり厳しい生活を送っていたらしい。その一方で、アクセサリーには凝っていたりして、直感的には分かりにくいところがある。
 食物の貯蔵が十分にできないことと、アクセサリーに装飾にとどまらない呪術的な意味があったことを考えれば、理解はできる。

 注目される交易も食料の大量輸送ができない以上は、物質的な豊かさを短期的にもたらす力はなくて、文化的な意味が強かった感じがした。
 貝殻をはじめとして、いろいろな遺物の割合を円グラフで表示していて、興味深かった。在来の大型哺乳類でもニホンカモシカは1%にも入ってこない。やっぱり今とは行動が異なっている。

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日本海側最大級の縄文貝塚 小竹貝塚 (シリーズ「遺跡を学ぶ」129)
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