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邪馬台国時代の東海の王〜東之宮古墳 赤塚次郎

 シリーズ「遺跡を学ぶ」130

 狗奴国時代の東海の王とタイトルにしてもらえないあたりに、狗奴国の知名度の限界をみてしまう。しかし、邪馬台国と張り合っていた狗奴国の実力はあなどりがたく、それは東之宮古墳の造られ方や副葬品にも表れているのだった。

 いったん山の頂上を削平してから、あらためて土を運び上げて前方後方墳をつくったとは驚きだ。古墳造営が効率からは程遠い宗教的な行為とはいえ、誰でもかけられる手間ではないだろう。結婚式をやたら豪華にとりおこなう尾張の風習に通じるものがあるのかもしれない。
 鏡に代表される「国産品」重視の姿勢も興味深い。邪馬台国より東にあったため、中国との距離感も異なっている?
 自分たちには独自にやっていける実力があるのだとの誇りが感じられる内容だった。

 巨大な木曽川扇状地がひとつの社会単位となっていたらしいことも興味深かった。1973年の発掘のきっかけとなった盗掘は、けっきょっく何も盗んでいかなかったのか?早めの発見が功をそうしたようだ。
 大学関係者が関わらない発掘であることが影を落としたと書かれていて調査に不備があったのかと気を揉んでいたら、単なるメンツの問題だったのはガックリきた。
 調査の内容は後で評価されていて安心した。

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

邪馬台国時代の東海の王 東之宮古墳 (シリーズ「遺跡を学ぶ」130)
邪馬台国時代の東海の王 東之宮古墳 (シリーズ「遺跡を学ぶ」130)
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