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航空宇宙軍史 火星鉄道一九 谷甲州

火星鉄道一九
 ザナック中尉の美技に酔いな!――まとめるとそういう事になる。肝心のシーンがレーダー上の輝点としてしか表現されていないのは残念だが、困難なことほどあっさりとなしとげられてしまうのがクールでもある。
 それよりも驚嘆すべきなのは、発表当時の火星の乏しいデータから今でも破綻のなく魅力的な物語を組み上げていることだ。山の魅力や鉄道のコストパフォーマンスには未来永劫変わらない普遍性があるからだろう。

ドン亀野郎ども
 タンカーの回収という非常に地味な仕事をつうじて個体内進化を描く。高木三曹が場面場面で常に正しい判断をくだしているのはきちんとした職業訓練の賜物であり、まったく卑下する必要はない。特に限られた情報から母艦の動きを推測し、ナビゲーションを成功させたのは素晴らしかった。
 気密服でちょくせつ宇宙空間に露出したコクピットに座る劣悪な労働条件はさすがに「軍」らしい。どうしようもないパニックに陥らない人材を慎重に選んでいる事がせめてもの温情か。

水星遊撃隊
 互いの裏をかこうとあの手この手を繰り出す哨戒艦と仮想巡洋艦バジリスクの手に汗握る緊張感に満ちた戦い。互いの手の内がずいぶん隠されているからブラフの効きが凄まじい。仮想巡洋艦バジリスクの方も哨戒艦の性能に多くの危惧を抱きながら戦っていたはずだ――ケルナー艦長は仏頂面をしていたろうけど。そのおかげで決着にはある種の爽やかさがあった。
 思考実験の積み重ねによって、この世界の兵器体系と戦術に考察を加えていることも興味深い。

小惑星急行
 終着は極楽の急行。参謀冥利に尽きる作戦ではあるかもしれない。彼らのような人種にとって精緻な作戦とは芸術品であり、息子ですらあるのだろう。息子を男にするために死ぬ。それは素晴らしいが、巻き込まれた連中はたまらない。
 ただ、外惑星連合艦隊が囮作戦に気付いて転進しても効果的な妨害ができたかどうか……あそこまでの死地に送り込むのは残酷に感じられた。まぁ、戦闘加速を強要させられれば母港に帰還するまでの時間もより長く稼ぐ事ができるし、小惑星急行が多少の戦力を温存させられても大した意味はない。
 軍令部が戦略的に妥当な判断をしていることは間違いないし、経済崩壊に対する相当の危機感もあったのだろう。
 センシングについては水星遊撃隊からの戦訓がとどいているようだが、外惑星連合軍はバジリスクの戦訓を受けとれたのかな。通信能力の問題もあり、戦闘のフィードバック能力でかなりの差があるように思われる。この差はじわじわと効いてくるだろう――だからラザルスなんて狂気の代物が生まれたわけだ。
 一撃で勝敗を決するつもりだったなんて言い訳は受け付けない!

タイタン航空隊
 もっともロマン情緒香る短編か。ブラフのための捨て駒に投入される航空隊は悲哀に満ちているが、あれが唯一有効な使い方であったことも疑いようがない。まともな使い方をするには規模が小さすぎ、能力を評価されるのも危険なのだから一挙に精神的な圧力をかける道具にするのが正解だ。
 極めて厳しい条件によって生じた性能的な悲惨はマクダネルXF-85ゴブリンを連想させた。いつの時代も無茶苦茶な兵器を押し付けられて苦労する兵士がいることを忘れない。
 タイタンの戦闘機乗りはちょっと陽気なやつだったが、あの星はマカロニさんの位置づけだから無理もない。今後は航空宇宙軍の策源地として戦前以上の勢いで発展していくだけだな!!

土砂降り戦隊
 外惑星連合は戦術的には奇跡的な勝利を収め続けているといっていいレベルなのになぁ……それでも追い詰められているのは戦略で負けているのと国力の差が純粋にでているからだ。むしろ戦術的に勝っていることを評価するべきだろう。優秀な宇宙に慣れた人材の密度では外惑星連合にもアドバンテージがある。
 戦闘を避ける事が勝利に繋がるプロットはあいかわらず孫子だ。外惑星動乱はナポレオンVS孫子のようなところがあるな。
 ガスを使った速度観測方法は発想そのものよりも戦闘中に手法を開発してしまった手腕に驚いた。戦闘自体は短いが待機時間は恐ろしく長いせいもあるだろう。

ソクラテスの孤独
 巡洋艦サラマンダーの受難、と改題してもいいと思う。初陣はよかったのだが、一度ツキを逃すと不運が重なって破局に暴走していくようだ。個人の成長や人工知能ソクラテスとの対話よりも悲しき巡洋艦の運命におもいを馳せてしまう。
 まぁ、ひとりごとを繰り返すソクラテスもなかなか可愛らしかったが……こいつはラザルスと対話しても上手いこと弁明しぬくかもしれないな。

火星鉄道(マーシャン・レイルロード)一九
谷 甲州
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