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エミリーの記憶 谷甲州

 タイトルの通り記憶をテーマにした作品が多い短編集。手触りのする悪夢のようなドロドロとまとわりつく超現実が愉しめる。

逝きし者
 とりかえしのつかないこと。
 戦争は悪夢だが、その中でさらに夢を見なければならない特殊技能兵の苦衷を感じさせる回想譚。力を持つことは幸運とは限らず、思い込みで誤魔化しておけたものさえ背負い込まなければならなくなる。
 悲しいことだが、それでもこれは無数にある悲劇の一つに過ぎない……。

死神殺し
 永遠に続くバッドトリップしたかのような兵士の死に様。永遠のものは全て悪夢を内包しているかのように思えてくる。この戦いは戦争がなくならないかぎり終わらないだろう。

猖獗戦線
 ありがちといえばありがちなオチだ。しかし、強引な開発決定と杜撰な下調べをした行政側の罪は限りなく重いのにいつものことのように泥濘に放り込まれるのは兵士たち、という現実を描いてもいる。

竜次
 激しく馬鹿馬鹿しくなるほど不条理でパワフルなナンセンスもの。あの冷静な文体でこれをやるから恐れ入る。

過去を殺した男
 音楽を描くシーンの筆致には圧倒された。シミュレーターの醒めた視点の中でそこだけが隔絶していたコントラストが一層に二人の別世界を明確にしている。「5年以内にお前に追いつく」って奴か。
 医者のプロファイリング能力が高すぎて不気味だった。話の進行上なんだろうけど、超能力みたいだ。

ぼくの街
 シナリオに動かされる不快感もあると思うのだが、それよりも安心感のほうが強い精神状態だから、この手法が有効なのだろうな。夢の樹が接げたならの「普通の子供」を連想するところが多かった。
 バーチャル世界の可能性と刹那的な寂しさを巧みに描いている。

エミリーの記憶
 ドラッグの効果により絶え間なく変化する視点を描いた意欲策。やってることがやることだけというのはもったいない気もするが、男女の視点を混ぜるにはそれが最も適当か。けっこう日本語だからこそ際立つものがある気がした。

L(ララ)
 何度も何度もやり直しのチャンスが与えられるが……短編であるしバッドエンドでも良い気がした。このあたりは意外と甘いな。自分の年齢が変わるのにまったく変わらず関係性だけが変化する女性というコンセプトは魅力的で不気味だ。

子供たちのカーニバル
 これはあまりにも怖すぎる話。しかも質感は現代のほうが圧倒的にあがってしまっている気がする。ケータイやネットがあるからだ。
 しかし、子供たちがやるから悪魔のカーニバルだが、大人たちも似たようなことを平然とやっていやしないか?そうやって見直すと余計に複雑な気分になった。

宗田氏の不運
 どうせなら楽に死ねるほうが幸運なんじゃないか。この世に生まれて来る以上の不運はないとシェイクスピアは言わせている。まったく皮肉な見解だが、一面の真実ではある……。

十年の負債
 馬鹿はやり直してもやり直せない。良いコースに乗りたければ大量に引き返すよりも単発的にちまちまと引き返したほうが効率的な気がする。はじめから大局的に未来を見切れる人間ならわざわざ過去を改変する必要がないだろう。

神の存在
 このひたすら胡散臭く、しょんぼり落ちてしまう話は電波女のしゃべりが楽しめなければ、そこまでだっただろう。それほど飢えている男の心理を利用しているみたいで――というか実際に利用している――たまらないものはあるけど。

響子と陽子
 これはちょっと斬新なサイキックミステリー。普通はたどれない糸をたどって現実に肉迫していく主人公がハードボイルドしてる。対照的に男はクズなのは、この短いシリーズの基本構成なのだろうか。

消えた女
 なんとも身につまされる話。多少の溜飲は下がったが、酷い目にあわされてしまった人物が可哀相なことに違いはない。
 楽天的とすらいえる証人の存在が一服の清涼剤ではある。


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エミリーの記憶 (ハヤカワ文庫JA)
エミリーの記憶 (ハヤカワ文庫JA)
谷 甲州
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