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クリムゾンバーニング合衆国解放2 三木原慧一

 そういえば赤壁の戦いって川の上で行われたんだよなー。スケールの大きさに感覚が狂いそうになることがある。ワシントンを前にした最終決戦で行われている海軍の戦いも舞台はポトマック川、海ではない…。
 赤化アメリカの執念なのか五大湖に特化した艦艇の次は、史上最強の河川砲艦が現れる。極言すれば差羹点鐚崚なクーガー祇鐚屬發修琉貅錣覆里世韻鼻敗勢を前提とした超兵器が誇らしく開発されているさまは狂気を感じざるをえない。
 大和に対する新手となった戦艦レーニンを含めて、その兵装からして思い切りがよすすぎて有効でありながら悪い冗談としか思えなくなってくる。レーニン砲とかヤケクソの産物としか思えないネーミングだ……まぁ、史実の大祖国戦争においてもスターリンは思い切りのよすぎる判断をしまくる人物だったから、アメリカの圧倒的な資力と開発力を背景にしてしまえばこんな事態を引き起こすこともあるか――と小説を超える超人の存在感に説得されないでもない。
 それでも1946年の段階で河川砲艦アペオスのごとき代物を投入するのはSFを通り越してファンタジーだと思うのだけど、許容してしまえる勢いがクリムゾンバーニングのストーリーにはあった。
 なんか急速にガンダム的になってることもあり……。

 登場人物でみれば一部の人間が転換点において決定的役割を果たすとするハブ理論を背景に伊達を筆頭とした「選ばれし者達」が決勝点にむかって驀進している。
 むしろ「ロングテール」意識の強い時代の人間としてはコインの裏表だと知覚しつつも異議を唱えたくなるものがある。グスタフが樋口旅団の後方を叩いているのは何故か考えを進めていけば小数を活躍させるためには多数が必要であることも否定できない現実だとわかる。だからこそ合衆国海軍最後の反撃は悪夢的なのだけど、大勢において問題になるのは少数を活かすために多数があると割り切るのか、それとも少数も多数の一部としてしか存在しえないとシステムに組み込むのか、ということになるのではないか。
 これはちょうど、国家の存在を国民と国体のどちらに置くかの議論に似ているかもしれない。

 やっぱり見かけ上は精鋭部隊の「ハブ」が印象的にならざるをえまい。だから究極的に歴史の鍵ハブとなってしまった伊達と田宮が抱く感想に興味を強くしている。

三木原慧一作品感想記事一覧

合衆国解放 2―クリムゾンバーニング (2) (C・Novels 83-10)
合衆国解放 2―クリムゾンバーニング (2) (C・Novels 83-10)
三木原 慧一
カテゴリ:架空戦記小説 | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0)

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