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神々の座を越えて 谷甲州

 日本人クライマーの滝沢と日本人であることを捨てチベット独立運動に身を投じた父をもつ摩耶が活仏チュデン・リンポチェやテムジン師団と中国の間に展開される闘争に巻き込まれていく山岳冒険小説。
 チベット問題という非常にデリケートなテーマを扱っているおかげで、ストーリーの新鮮さが失われている気がしない。できれば良い結末によって失われていてほしい新鮮さでもあるかもしれない……。

 荒涼としたヒマラヤやチベットを舞台にした旅の描写の数々は、人が少ないからこそ人恋しさが募る気持ちを盛り上げる。こんなところで一緒に旅をすれば連帯感が生じて当然だと思えるのだけど、それでも中国人とチベット人には和解できない一線がある。
 そんな点でちょっとジグメに同情せざるをえないが、ただその存在を承認すると同時に交わる線ではないことも理解できてしまう。そんなところが敵としては妙に魅力的なキャラクターではあった。
 もっと魅力的なのが若きカリスマ、チュデン・リンポチェで、ローマ帝国以来の政策を感じさせる高度な人質として中国で英才教育を受けながら、ついに魂はチベットから離れることのなかった人物だった。
 先代の生まれ変わりとする活仏の制度に対しても冷静で居続けているところが良い。彼が生まれ変わりかは分からなくても彼なら生まれ変わらずにはいられない気がする。
 それまでの活仏もそう思わせるほど偉大な精神の持ち主が多かったから、活仏たりえたのかもしれないな。

 どんどんと退路が絶たれ「究極の手段」に訴えるしかなくなっていくストーリー展開も見事のひとことで、谷甲州先生が描きたいほう描きたいほうに展開を引っ張っていくように見えながらも、それが最も困難な可能性であるがゆえに最後に残ったことにまるで違和感がない点が素晴らしかった。
 そして、酸素ボンベが必要な場所ですら戦場にしてしまう人間の凄絶さにも感じいってしまう……宇宙は全体がそうなのだから宇宙戦争を描いている谷先生には普通の感覚とも考えられるけど。
 ともかくラストを飾るアタックは、空間と時間が非常に濃密で忘れられない場面に満ちている――まるで実際に自分の眼で見てきたような気分になってしまう。
 また、ピークだけではなく峠も重要な役割を果たすところがアジアの奥地で展開される冒険を感じさせて良かった。

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神々の座を越えて (ハヤカワ・ミステリワールド)
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谷 甲州
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