三びきのやぎのがらがらどん マーシャ・ブラウン

 ずいぶん経って読み返して見るとかなり殺伐とした話である……冒険の目的が「太ること」なのも色んな意味で凄い。お菓子の家に辿り着いたらこいつらはそこで万歳か?
 先に小さなやぎから渡るのは戦闘で橋が壊れるリスクを考慮してのことにしても、トロルを説得して橋を渡る理由が苦しい。どうせ腹が空いているからとトロルが強欲を発揮したら全滅しかねなかった。いかにも空きっ腹を抱えている様子の怪物を通して後を考えて我慢することを教えているのだとしたら皮肉な作品だ。それとも「食える時に食っとけ」が言いたい事になってしまうのか?
 思うに「向こうの山で太ってくるから帰りに僕を食べなよ」と説得したほうが良かったのではないか?それはそれで壮絶だけどなぁ。

 大きながらがらどんが角をふりたてるシーンは迫力満点でよかった。彼のセリフにある石がさしているのが蹄のことなら後ろ足の分を含めて2つではなく4つのはずなのだが……攻撃に使えるのは前足の2つということか?
 それにしても「目玉を田楽刺し」にしてトロルをばらばらにして殺す壮絶さが子供心に与える印象が気になる。これが普通に受け容れられるほうが世の中の矛盾に呑まれずに生きていけるのかもしれない。

三びきのやぎのがらがらどん―ノルウェーの昔話 (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)
三びきのやぎのがらがらどん―ノルウェーの昔話 (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)
マーシャ・ブラウン,せた ていじ
カテゴリ:文学 | 09:29 | comments(2) | trackbacks(0)

砲撃目標ゼロ 東郷隆

 密かにアフリカ某国に派遣された90式戦車が、現地ゲリラの象徴的存在と化したT−55「ヘルガ」と対決する。泥沼の汚泥にまみれ錯綜した戦いの行きつく先には散文的な現実が待っているだけだった……それはそれでいいのかもしれない。

 この作品から18年経ってちょうど日本の新型戦車が開発されようとしている。それにしても90式戦車と同じように実戦経験が積めない不安は残るのだった。また、自慢の武力をえて、行使する魅力に抗うのは難しいものだ。
 アフリカでの現実は小難しく大仰な問題があるように見せかけて、実は子供じみた男たちの稚気に踊らされているようにも見えるのだった。


 天王山となるヘルガの神出鬼没の戦いぶりは、90式戦車との正面対決ではなく、アメリカ人傭兵が操るT−62との角逐が主体になってしまったのは残念だった。まぁ、正面対決でいけば負けるのは確実だからいろいろと地形を利用した手を絡めてくるゲリラ側の姿勢は正しい。
 問題にされていた元日本人外交官はロンメルに比肩された軍事的天才――ここはビットマンらを持ち出すべきだと思うが――以上に教育が不充分であったはずの現地ゲリラ達を一流の戦術家に育て上げた手腕が恐ろしいと思った。というか本当にできるものとは思えない。
 実地で才能を開花させるくらいならともかく、そうやって吸収したものを体系化して効率よく人に伝えていくことは非常に難しい問題なのだ。各国の軍隊が苦労して積み重ねていったそれをあっさり個人がなし遂げてしまうのはファンタジーに思えた。
 まぁ、天才が二人以上いたと考えるほうがすっきりするかな?

カテゴリ:架空戦記小説 | 18:18 | comments(0) | trackbacks(0)

題名募集中!上 早川書房編集部編

 編集部が編するのは当たり前なSF作家エッセイ集。谷甲州先生の名前に魅かれて購入したが、それぞれ極まっていておもしろい。一気に読むと少々疲れるが…。
 挿絵は吾妻ひでお先生が描いている。

火浦功
 リアルタイムで北斗の拳を読んでいた人の感想が読めるのは感慨深い。当時の話題性の高さや共通の娯楽の少なさなどが想像されておもしろかった。だいたい内容を喋っちゃっているのだが、こういう感想もあるのだなぁ。

難波弘之
 ここまで罵倒を極めるとは……駄作があるから傑作があるということで。その駄作が発表されるまでに至ってしまうシステムは問題かもしれない。吾妻先生の挿絵が救いのフォローになっていた。

岬兄悟
 イヤな状況だなぁ。けっきょく想像させるものは一つしかないが、それだけは想像したくない。周辺住民はあまり選べないのが集合住宅の困った問題だよね。

谷甲州
 谷先生の場合、題名について謝っているのが本人の問題に思えてしまってしかたがない。浦島太郎気分を何度も経験できるなんて楽しいじゃない、とは言えないか……でも、必死に予習するのは物悲しい雰囲気があるなぁ。

大原まり子
 文章が独特で発想の飛び散り具合がおもしろかった。私も作文行為の無償性を極めてみたい……。

森下一仁
 こんなところでザリガニの生態について勉強になった。なかなか愛情のある生き物ではないか。しかし、これを学ぶべきなのは息子さんだと思うけどね。
 作家の観察眼が感じられてよかった。

亀和田武
 けっきょく自慢話のナルシスト話であった――それでいいのだけど。そんな境遇になることは稀だろうから興味深くはある。

川又千秋
 当時のワープロの性能がわかる。そもそも今時ワープロなんて認知されてすらいないかもしれないなぁ。あんがい物持ちのよい人はいるもので、話に出てきたマシンもどこかで現役だったりして。

中島梓
 旦那の正体バラしてるし……挿絵がなければ意味がわからずおぞましい想像をしてしまうところだった。途中に入っている濁点が嫌な感じを引き立てる。じっさいやったら酷い話だけれど。

梶尾真治
 経営者の趣味が思いっきりでた偏ったお店は趣味が合うと楽しそうだ。いや、趣味がアウト?
 類は友をよぶ現象が起きているのも愉快だった。

久美沙織
 読者の心理を良く知っておくことは売れるためには重要だ。今の時代は奪い合う読者の資源が資金だけではなく時間になっているのを感じる。激戦は加熱するばかりだ。

草上仁
 それでも原稿はでる。実に不思議だ。5時帰宅なら何とかなると思うんだけどなぁ……家庭生活自体は幸せそうでほのぼのした。

高千穂遥
 この短さで三部構成――オチは見事であった。君子危うき近寄らず。

新井素子
 SF作家なのに!?
 そう突っ込みたくなったが、SFにもいろいろあって良いようにSF作家にもいろいろあって良いわな。まとめが綺麗。

神林長平
 日航機事故のリアルタイムのお話。こういう現実の出来事が作品の思想に影響を与えていくんだろうな。断熱膨張を説明できない解説者は恥ずかしいね。

水見稜
 珍しくわりとSFしている内容だった。むしろ都市伝説なのかもしれないが、妙な情緒がある。

野田昌宏
 まったく…。

高千穂遥
 吾妻先生のダーティーペアが魅力的。教官に対する高千穂先生の憤慨はごもっとも。職業意識を身につけるのは人によっては難しいものなのだろう。

内藤淳一郎
 なんだかエロティックな見出しだった。手伝わないことでSFからの気分転換をうながしていると前向きに考えてみたらどうかなぁ。

田中芳樹
 ツッコミ激しいな。大部分が納得行く話なので、突っ込まれることがいかに世に多いか、そして田中先生がそれをしつこく覚える記憶力にいかに優れているかを感じてしまった。

鏡明
 ロサンジェルスもこの頃からずいぶん様相を変えている事だろう。自由な一日のスケジュールを立てる楽しさと空しさ、良く理解できる。

山田正紀
 花粉が傷口に入ったくらいでここまで激烈な症状がでるものなのか。よほどのアレルギー体質でなければ、傷口から入ったのは別の物だった気もする。まぁ、東京に近付いて発症したというのだからおぞましい想像は付く。

野阿梓
 モスラまんじゅうはいまでも売っているのかなぁ。岡山に対する反応がちょっとおもしろかった。ジェットコースターは梯子しなければ醍醐味がない状況だな。

矢野徹
 東京湾を埋め立てたらもっと局地的温暖化が酷くなる。それだけはやっちゃいけない……。IBMがコンピューター業界の主力だった時代はすぎさり、今ではMSからグーグルに移ろうとしているのだから世の流れはわからない。

眉村卓
 たしかに夢の世界の地理はどこか変なことが多い。正確に覚えているつもりでも発想の中でつながっている場所と物理的に繋がっている場所が違うせいかもしれない。

飛浩隆
 週休二日制で日曜作家は土日作家になれたのかなぁ。それにしても時間は足りないし、仕事中のアイデアがするりと逃げていく絶望感も想像できる。人によっては長遅筆作家よりは早く書いている人もいそうだが。

夢枕獏
 娘のかわいさ描写は本当にかわいいのに……これが作家のさがか。「本物」の一端に触れた気がした。この娘さんも今では良い年頃だろうな。

高千穂遥
 日程は余裕をみて組んでおくのが大事なのだが、多くの人間と利害が絡む映画ではそうも言ってられないのだろう。大変だが、外からみる分には気楽でいられる。

カテゴリ:SF | 18:17 | comments(0) | trackbacks(0)

ナーガの冒険 (富士見ファンタジア文庫―スレイヤーズすぺしゃる)

ヒドラ注意報
 類似の事件が現実にも起きているのが笑えない。しかも、ワニとかものが分かったうえで入手しちゃうんだもんなぁ……。
 ヒドラを調教できたらそれはそれで価値がありそうだと思ったものの、新しく増えていく頭にいちいち調教を繰り返すのがめんどいことに気付いた。これは却下だ。
 まぁ、オチはめでたいんじゃないか――関係者一堂の頭が。

銀のたてごと
 まったく非常識な吟遊詩人である。あまり生真面目な吟遊詩人がいてもそれはそれで不気味だ。
 すぺしゃる的な敵役にしてはグレナスくんは結構楽しませてくれた。散り様も…まぁ、ある意味みごと。

キメラの恐怖
 もう少しでドラまたリナが、ドラゴンの股をもつリナの意味になるところだったのに……だからどうした?ではあるが。
 人の研究を覗いて見たいとすけべえ心が不幸を招く。しかし、美少女魔道士の性格からしてとことん首を突っ込むんだよなぁ。ミステリーでは長生きできないタイプである。

ふくしぅの刃
 こういうふざけた響きになるタイトルを付けさせたら大したものだ。口絵のレミーがエロすぎる。そのインパクトが最大の話であった。他にもインパクトが多いのだけれど……。
 剣士にストーンゴーレムは凶悪無比な相手になるわけで、いろいろ手ゴマを準備できる魔道士は有利だ。
 リナがザ・チャイルドで鍵開けの魔法を使わなかった理由がフォローされていた。扉も財産なのだから、あまり破壊しない方がいいと思うぞ。

ただいま見習い中
 吸血鬼が群生するのは一般的な風習ではないのだろうか。群れても弱点が同じでは今回のようにまとめてやられる危険が増大するだけかもしれない。領主が吸血鬼になったという噂と集団では話が通らない。あとから呼び込んだのか、たんに口からでまかせだったのか……

ナーガの冒険
 暗殺者くずれと戦うナーガを格好いいと思ってしまった……文字情報だからそう感じるのだと自分に言い聞かせる。暗殺者ブーレイのキャラクターも気になるところだ。
 反則的な手段とはいえ、リナを一歩間違えば死亡する状況にもっていったのは凄い。あとあとの始末が考えるだけで頭痛いけど。
 ところで本人に無許可でホムンクルスを造るのも著作権?法違反なのだろうか?
カテゴリ:ファンタジー | 18:17 | comments(1) | trackbacks(0)

リトル・プリンセス (富士見ファンタジア文庫―スレイヤーズすぺしゃる)

白竜の山
 山を崩しまくる描写をみて思ったのだが、竜破斬は鉱山の採掘に使えそう。露天掘りがし放題――だが、土砂崩れが置き放題でもある。地道に穴掘り魔法でも使ってやるのが、賢明か。鉱夫にアンデッドを駆使することもできるし。
 やっぱり諸悪の根源はリナたちだと思わざるをえない内容だった。まぁ、弁護すれば善きことをなすにも悪きことをなすにもスケールの大きすぎる人物なのだ。プラスマイナスを考えれば釣り合いは取れているんじゃないか、おそらく、たぶん、願わくば、もしかしたら……。

リトル・プリンセス
 タイレル・シティの被害はギャグで済ますには大きすぎるのでは……クローンレゾが悪くてナーガが良い理由が分からなくなりそう。いちおうナーガは意図的にやったわけじゃあないけれど。
 ナーガの謎の情報網など、外見に似合ったミステリアスさがたまに感じられるのが歯に物が挟まったような気分。そういえば初登場時に「知的な瞳」などと謳われていたなぁ。

らびりんす
 シュなんとかくんのニンジン炎の矢ネタが笑えるのは、それほどこの世界における炎の矢のイメージが根付いているからである。これは凄いことだ。
 村長は始めから吸血鬼退治を依頼しておけば良かったものを……思い込み先行で並の魔道士では勝てないと判断しちゃったのかなぁ。リナ達は長い迷子でストレスがたまっただろうし、手痛いしっぺがえしをくらったに違いない。

リナ抹殺指令
 パチモンの種は世に尽きまじ……リナの名声は大したものだが、姿まではなかなか認知されない世界の技術レベルが問題を起こすのか。魔法を使えばいろいろできそうな気もするのだけど、それは本人が嫌がりそうだしなぁ。
 まぁ、微妙に悪名でもある名声を高める本人にも問題があるのだ。

ザ・チャイルド
 オチがいい感じだが、魔道士だろうが何だろうがリナとナーガの性格の悪さは変わらないと思うぞ……職業そのものに偏見を抱いてしまうのはもったいない。
 挿絵の変な背景が気になった。名酒うらりょん?

リトル・プリンセス2
 爺さんのキャラクターが楽しいっちゃ楽しい。本人がしょうに合った貧乏っぷりを発揮しているころ、贋者は悠々羽根を伸ばして暮らしてそうだ……そういえば大臣が固有名詞的に使えるほど宮廷の規模が小さいのかなぁ。担当を別にするいろいろな大臣がいても良さそうなものだ。
 どうも統治機構が洗練されていない雰囲気がする。まぁ、各地に貴族が封じられて王の間接的な統治を任されている点で想像がつかないでもない。

カテゴリ:ファンタジー | 18:16 | comments(1) | trackbacks(0)

白魔術都市(セイルーン)の王子 (富士見ファンタジア文庫―スレイヤーズすぺしゃる)

白魔術都市の王子
 王子様のイメージをこっぱみじんに粉砕する最強の平和主義者フィリオネル=エル=ディ=セイルーン殿下の登場だー!!わーい、ちぱちぱ…。他の王位継承者が美形揃いであることを考えるとやっぱりフィリオネルおうぢさまの存在はイレギュラーっぽい雰囲気もある……彼は彼で素材はいいに違いない、素材は。
 ブラス・デーモンを素手でブチのめすのは「決して真似しないで下さい」とテロップが入りそうな行為だ――相手が悪かったな。

りべんじゃあ。
 キャニーの普通の娘っ子姿が挿絵でみたかった……。
 けっこう高度な魔法技術戦が展開されており興味深いものがある。リナが翔封界を使うのに対して千の偽名を持つ男が荷馬車を使ったりと考えてみれば身も蓋もない方法で差を埋められる可能性も目についたり……身一つあれば発動する魔法を覚えていたほうが有利なのは間違いないか。ただ、入念な準備を整えてイニシアチブを握れば魔力の差を相殺していける可能性は感じられた。

ロバーズ・キラー
 ドラまたの呼称が初登場し、リナの鉄拳制裁を食らっていた。
 スライムには塩が効くのはナメクジにもある浸透圧の問題ってことか……スレイヤーズ世界のスライムがもつ膜はそれほど高性能ではないらしい。そういえば血をたらふく吸ったヒルに塩を掛けると赤い液体がじわーっと――思い出したくない止めておこう。
 いい感じにまとめているようにみせて、大雑把な証拠隠滅方法がふたつの意味をもっていたあたりは流石だ。ほどほどの実力をもつ剣士同士の戦闘描写も楽しめた。

ナーガの挑戦
 白蛇のナーガあらわる……不幸なことに。この頃のナーガはまだ再生能力が未発達で全身火傷程度の致命傷を回復するのに十日も掛かっている。ガウリイのぼんくら頭脳といい、物事は進むほどに派手になっていく典型であろう。
 なんだかんだで仲がいい雰囲気の女魔道士ふたりの様子が微笑ましかった。

エルシアの城
 せめて魔道士らしく――こんな死にかたは嫌だなぁ。配下はアンデッドばかりとはいえ、文字通り一城の主として君臨するのは悪くないのだが、生活が不健康すぎる。いや、その精神状態も充分に不健康か。でも、これで自らもアンデッド化していればずいぶん格好がついたのではないか。
 エルシア公は勢いなのかリナに対して強く出ている様子が凄かった。あれの馬鹿魔力をみても無謀な態度に出れるとは、かなりの想像力欠乏症である。育ちが悪いのと城が壊れてキレているのだろう。

悪役ファイト!
 ミーナはかなり好きなキャラクター。なんといっても性格の悪さがよいね。リナ=インバースも充分性格悪いけど……。
 珍しい三人称で犯罪組織にとって人間台風である「ドラまた」に立ち向かう悪役たちの姿が描かれる。彼らも必死で生きているんだ、としみじみする。まぁ、DIOばりの経歴をもつガルスの語りを聞いてしまうとやっぱり同情はできない。
 ただ、リナが組織の一つや二つを潰しても、生まれた空白地帯を巡って更に多くの血が流されるだけの気がしてきた。その戦いにカタギが巻き込まれなけれがまだ良いのだが。

カテゴリ:ファンタジー | 18:15 | comments(2) | trackbacks(0)

凍樹の森 谷甲州

 東北から満州、そして沿海州に至るまで極寒地帯を舞台に描かれる酷烈な冒険小説――なんといっても庄蔵の怪物っぷりは圧巻で未熟さを強盗行為の連発でカバーしてしまう行動をコロンブスの卵に感じてしまうほどだった。
 もはや、あれは人間の姿をした別物であり被害者は猛獣に襲われたようなものだ。偶然人間のDNAをもっているからややこしくなる。そんな一流のモンスター庄蔵だが、彼の視点を通してみる女性の艶かしさといったらなかった。性欲と食欲を獣欲で固めたような滾りに感化されてしまうことで、そう感じるのかもしれない。
 ろくでもない異常者だけど、決して満たされないであろう「飢え」に生い立ちからくる渇望がみえてくるのも確かだった。

 冒頭の秀逸な「マタギバトル」から物語は大きく羽根をひろげて大陸に渡っていく。個人的には東北の話でまとまった方が完結性は高いと思うし、主人公が美川から武藤大尉に転移していくのも不満だった。
 それでもこの展開が描かれたのは日露戦争後の日本が、なぜ破滅的な道を歩んでしまったのか強い疑問があったからではないか。谷甲州氏は「覇者の戦塵」を書きだした理由に「航空宇宙軍史」で資料がたまったことを挙げていたが、今度はさらに覇者の戦塵から派生して大きく時間を遡る凍樹の森が冒険小説として描かれている感じだ。なんたる無限軌道……。

 作品の内容と手持ちの情報から個人的に日露戦争後の日本が狂った理由を考えてみた。けっきょく原因は維新後の富国強兵時代からの「我慢」にあるはずだ。我慢はその終わった先に「見返り」がついてきて当然の概念だ。
 春のために冬を耐え忍ぶように我慢をしていたなら、それまでの我慢による態度は覆されるのが当然。日本人は日露戦争後に傲慢になったのではなく、ただそれまで我慢していただけだったのではないか。我が身の春が来たと信じれば好き勝手はじめてもまったく不思議はないのである。
 本当に育てるべきは、ただその職務を続けるだけで心理的な満足感がえられる「誇り」だったはずで、日本は本質的に糧にならない「我慢」を糧にしはじめた段階で進路が怪しくなっていたのだと思う。
 英国人は「汝その職務を果たせ」というのに対して日本人は「各員一層奮励努力せよ」という。これは意外に大きな違いだ。「一層奮励努力」なんて給料分以上の働きをしたらお釣りを期待してしまうのが人のさが。そして貧しい日本に「お釣り」は払えなかったのだ。

カテゴリ:時代・歴史小説 | 11:27 | comments(0) | trackbacks(0)

新入者安全衛生テキスト 中央労働災害防止協会

 いわれてみれば当然のことがすっきりと体系化されて安全を確保するための指針となっている。その当然のことを当然にやるのが結構難しいのだが、身体で覚える前になんとか身に付けられなければならない。
 危険予知などの標語がでてくるが、もっとも大事だと感じたのは生活リズムをつくって毎日健康に職場にでることだ。それができずに朦朧とした意識で作業してしまえば、危険予知もなにも機能しきれない恐れがある。

 健全な精神が健全な肉体に宿るかは知らないが、精神状態が安定しているほうが身体を健全に保つには有利に働くのではないか。

カテゴリ:ハウツー | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0)

NEWTONアーキオvol.12 大ローマ帝国 古代世界最強の国家

 ニュートンのあの体裁で古代ローマ帝国について紹介がなされているムック。
 吉村教授によるローマの概要解説はかなり首を傾げさせられる内容になっており、「ハンニバルの象部隊にてこずるが」の記述には頭を抱えた……ローマ相手に象部隊が機能した戦いはトレビア河畔とザマくらいで、あえて挙げるならヌミディア騎兵にするべきであろう。なんだか大雑把すぎるのである。

 ローマの軍隊に関する解説も時期ごとの変遷が激しいために限定的な内容になっていしまっているきらいがあった。まぁ、帝国を築いた最強軍隊を紹介するには共和政時代のローマ軍を中心にするのが正解か。
 それよりも大きな問題は挿絵がオスプレイ社のメンアットアームズシリーズの丸写しであることだろう……新鮮さのかけらもなかったし原本のほうが見応えのある絵だ。まぁ、攻城戦のダイナミックなイラストがみれたのは良かったかな。

 他にも宗教や建築などについて解説されており、こちらは詳しい知識がない影響もあってか素直に楽しめた。
 ニュートンらしい周辺視野までくっきりした写真で大きく印刷されている建築や美術品の数々は見事である。ただ、小さな囲みで挙げられているトピックスが気になるのに、必ずしもその写真があるとは限らないのは残念だった。

 ローマ建築につかわれた大理石の紹介は別の趣味の観点からも楽しめた。とはいえ、大理石でくくりながら火成岩や蛇紋岩をまぜこぜにするのは、あまり科学的とはいえないと思う……石材はすべて大理石の印象を与えてしまうではないか。

カテゴリ:歴史 | 11:23 | comments(0) | trackbacks(0)

火の山 カティア・クラフト/モーリス・クラフト

 最早火山研究にかんする伝説的人物になった感のあるクラフト夫妻の撮った写真の中から見目良く学術的に意義の高いものを厳選した写真集。亡くなった彼らと視点を共有しているような感覚をもつことができた。

 火の造形に魅せられるだけではなく地学的に興味深い写真が当然のように多く、簡潔な解説に助けられて楽しめた。溶岩湖のプレートテクトニクスもどきが非常におもしろかった。あれも一種のアナログ実験といえるかもしれない。まぁ、あの条件ではほとんど開く境界しかできないと思うが、三重会合点みたいなものまで生じているのが凄かった。
カティア クラフト,モーリス クラフト,グループV
丸善
カテゴリ:地学 | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0)
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