鶴翼の楯3巻 橋本純

 やっぱり翔鶴は被害担当艦なんだろうかと陰鬱に考えた。大破したりしてもしぶとく戦いつづけたところも素敵だけれど、最初に米軍に唾つけられたのが彼女であったことを意識せざるをえない。
 それに関連して人材の入れ替えもはじまっており、藤原艦長が負傷した代わりに前巻で活躍した渡部艦長が動き出した。もっと驚いたのは清水司令長官のあんまりな退場なのだけど、4人の艦長がそれだけ自立したとしての「巣立ち」みたいなものなのかもしれない。
 作者がいうのとは別の場所で混迷を極めてきた気がする。

 米軍の反撃は間抜けたことに常に敵よりも少ない戦力を投入してむざむざ返り討ちにパターンを何度もくりかえす形になっている。ミッドウェー海戦(作中ではなぜか中部太平洋海戦と呼ばれるようになっているが)の展開も史実の4対3にくらべて幸運に助けられても3対2のさらなる劣勢を余儀なくされているのだから、暗号改変があったことを含めて勝てるわけがないだろう。
 なぜ戦力が整うまで史実のような日本軍占領地域島嶼部へのヒットエンドラン攻撃を繰り返さないのか疑問になってきた。ドーリットル隊の作戦もその手の作戦を凍結させるほどの損害をもたらしたわけではなく、無茶な航空決戦よりは論理性があると思うんだけどなぁ。
 もしかしたら日本の空母機動部隊が密度を増したことによって、その隙をつくのが難しくなってしまっているのかもしれない。さすがにインド洋まで回りこんでの作戦行動はハワイ方面を手薄にする危険があるし、使い出のある前進基地、ハワイに大きな打撃をうけている米軍としてはあの辺りがギリギリの作戦行動なんだろうな。

 さて、第一部完ということで、ここからがアイオワ級空母なんてイロモノまで造ってしまったアメリカの本格的反攻と4隻の鶴たちの死闘の幕開けとなる。彼女達の戦いが迎える結末には非常に興味を引かれる。

鶴翼の楯〈3〉 (歴史群像新書)
鶴翼の楯〈3〉 (歴史群像新書)
橋本 純
カテゴリ:架空戦記小説 | 12:32 | comments(0) | trackbacks(0)

鶴翼の楯2巻 橋本純

 真珠湾での戦いが一段落して、戦いの中心は南方に移っていく。空母4隻の機動艦隊ふたつによる虐殺的行進もみものではあったが、それ以上に空母龍ジョウの健闘がひかる巻であった。1対1でインドミダブルを仕留めてしまったのはできすぎとすら感じる。
 開戦劈頭の凶悪な練度を考慮すれば、こんなものかなぁ。

 イギリス海軍はプリンス・オブ・ウェールズを失わずに済んだ代わりに、イラストリアス級空母とついでにハーミズまで沈められてしまっており、今後の作戦行動に支障を来しそうだ。とはいってもインド洋を西に進撃してドイツと日本が手を結ぶまでには至らない様子。片方の機動部隊をインド洋専任にして無茶苦茶に暴れまわらせればオーストラリア本土侵攻よりイギリスが困ることになったかもなぁ。
 どう考えてもドーリットル隊の衝撃からそんな方向に進むことは難しいのも確かだが。

 そして、いろいろと史実からの変更点が目立ってきた巻でもあった。1巻を読んだときには最小の変更点でくるタイプだと思っていたのだが、それなりに細々とした変更が加わっている様子。全体的に小手先の対応にみえるそれでどこまで連合軍の物量相手に食い下がれるのか興味深い。

 著者の文章にいまいち流れがなくて、読みにくいところがあったが残念だった。どうも先々の展開をいろいろと匂わせる書き方が好きらしいのだが、そういう思わせぶりなコメントが多くなり過ぎてしまっており、意識を混乱させられる。伏せていない伏線はもう少し絞って効果的な運用を心掛けたほうがよいのではないかな。

鶴翼の楯〈2〉 (歴史群像新書)
鶴翼の楯〈2〉 (歴史群像新書)
橋本 純
カテゴリ:架空戦記小説 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0)

鶴翼の楯1巻 橋本純

 大和級戦艦の計画を1隻に変更して、その予算を翔鶴級空母の2隻増産にふりむけた世界における太平洋戦争シミュレーション。日本海軍が到達した空母の粋といえる大型正規空母4隻の揃いぶみは太平洋の航空戦力バランスを極端に変化させてしまうことになる。
 ただ、戦艦と違って空母は艦載機がなければ戦闘力を発揮しえないわけで、航空隊の準備を考えると武蔵を諦めただけで済む問題には思えない。最後まで航空隊の戦闘力を維持できるのか、ずいぶんやきもきさせられてしまうのである。
 冒頭で示唆された第三次珊瑚海海戦の結果をみると、第一航空艦隊分の搭乗員を割り振ればなんとか終戦までもつ、のかなぁ?航空主兵とはいって組織そのものに大規模なメスが入っているわけではないので、大きな不安が残るのだった。

 まずは執拗なまでに描かれる真珠湾攻撃だが、この布陣だと飛龍級は南方に振り向けられてけっきょく6隻体制で真珠湾攻撃になった気がする。それを許さなかったのは翔鶴型空母搭乗員の訓練度に対する不信感と演習結果ということなのだろうか。戦線が複数あるのに一点に全空母戦力を集中させる大博打をそのまま拡大させてしまった山本長官の政治力を称えるべきなのかもしれない。
 マレーの展開次第では批判を浴びて分散配置を余儀なくされそうで怖いのだけど。

 戦線布告のタイミングが早くなりすぎたことが米軍に中途半端に迎撃態勢をととのえさせ、人的損害を拡大させていたのは非常に悪辣な意図のある素敵な改変だ。ここまで真珠湾を木っ端微塵にしてしまえば日本海軍の自由度は史実よりずいぶん大きくなるわけで、そこで行う行動が問われることになっていくだろう。
 史実だとな〜〜んも考えていなかったけどさ……たぶん南方進出に統一されるんだろうな。

鶴翼の楯〈1〉 (歴史群像新書)
鶴翼の楯〈1〉 (歴史群像新書)
橋本 純
カテゴリ:架空戦記小説 | 19:46 | comments(0) | trackbacks(0)

フィールドベスト図鑑 日本の鉱物 松原聰

 個人的に国産鉱物図鑑の決定版と考えている本(入手のしやすさからいっても)。フィールドに持っていけるほど冊子が軽くまとまっているにも関わらず、写真は紙面をいっぱいに使っていて見応え十分。
 収録されている標本は鉱山が稼行中に採集された雰囲気の逸品が多くて、非常に採集欲をそそる――手に入るわけないんだけどさ。日本の誇れる鉱物の中に、国内ではあまりいいものが出ない有名鉱物の苦しい標本が混じっていたりしてテーマにそった内容を感じることができた。
 説明文も簡潔でよみやすく、記号をふんだんに使っているので情報量も決して少なくない。写真についている産地をのべるキャプションが非常に程よく想像力を刺激してくれるのもよかった。

 国産ダイアモンドの話題があったけれど、愛媛のかんらん岩体から割と直球で発見されたね……顕微鏡サイズなのはおなぐさみ。著者の述べている方法では、たとえダイアモンドを発見したとしても後の検証が非常に難しくなる気がする。
 確率的にいっても目眩がするレベルだろう。まぁ、日本でもダイアモンドが見つかって良かった良かった、ということで。

 個人的に沸石や緑簾石が好きなので、巻末でかなり沸石の紹介が充実しており、産地ガイドにも多くの沸石産地があるのがよかった。火山の国であり、現在も鉱物がとれるところとなれば沸石産地が多くなるのは当然かもしれない。
 少しでも長く世界に誇れる標本がでる国であってほしいものだ。

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日本の鉱物 (フィールドベスト図鑑)
日本の鉱物 (フィールドベスト図鑑)
松原 聡
カテゴリ:地学 | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0)

美しい石のサイエンス 鉱物図鑑 青木正博

「はじめに」で断わりをいれられていたスタンスそのままで、それを超えることがなかったのが残念でならない鉱物図鑑。
 産総研地質標本所で実際にみることができる標本を使っているのもプラスなのかマイナスなのか測りかねるところがあった。この本で予習をしておけば注目すべきポイントがわかり、解説に時間をとられることなく実物の観察に集中できるかもしれないが――遠隔地に住んでいる人間はまた感覚が変わってくるなぁ。

 なによりも困ったのは「産地名」が写真と一緒に表示されていなくて最後の索引でまとめられていたことだ。個人的に鉱物図鑑を読む愉しみには「写真から産状を覚えて肉眼鑑定力を高めること」があったので、産地名のありかに気付くまでは途方にくれてしまった。
 まぁ、すぐに確認できないことを逆用してクイズ形式に楽しむ方法もあるが……画面を広く使いたい意図は理解できるけどあまり親切なやりかたではなかったと思う。

 このように引っ掛かりの多い本書だが、版が大きくて(おかげで値段も高くて)大きな写真を楽しんだり、いちどに多くの標本を眺めることができるのは良かった。まさしく、ひとつの博物館的な楽しみかたで漫然とめくり、気に付いたところを注視する読みかたが向くのではないか。
 それにしても結晶でもなく冴えない灰重石の蛍光画像に2ページを贅沢に使っているのは理解しかねるところがあった。どうせそれをやるならフランクリン鉱山産のカラフルな石をつかえばいいのになぁ。

 あと掲載されている鉱物が無難なもの揃いにみえて、地味にマニアックなものが混じっているのは少しおもしろかった。ロディサイトやヘルデル石、銅スクロドフスカ石がほしくなったよ。そういえば裏表紙もボレオ石という独特のチョイスをしていた。
 文章もタイトルにはあるにも拘らず「美しい」の単語がほとんどみられない極力主観を排したお堅いものだったから、レベルの高い標本写真頼りだったのは否めない。

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鉱物図鑑―美しい石のサイエンス
鉱物図鑑―美しい石のサイエンス
青木 正博
カテゴリ:地学 | 19:28 | comments(0) | trackbacks(0)

「静かなる誕生」から「激動の死」へ 太陽と恒星 ニュートンムック

太陽 誕生から死へのシナリオ
 HR図に各時代の太陽をあてはめて、その変化を追っていく。途方もない時間間隔とその大部分は安定期である事実のアンバランスさがやっぱり独特だ。
 すでに解明されているつもりになっていたジェットの問題がまだまだ実証されていなかったり、興味深い謎のスーパーウィンドの話があったりして知的好奇心を刺激された。ニュートリノが観測されるまで太陽が核融合で輝いていることを確実視していなかったという文脈には科学の懐疑性の高さがうかがわれる。それでよいのだ。

激しく活動する太陽のダイナミックな姿
 こちらは美しい太陽画像をふんだんにつかった太陽活動の紹介。ようこうの活躍がかなり光っており、なかなか鼻が高い。みんな一生懸命に太陽を観察するのは社会活動への多大な影響を考えたら当然だよなぁ、とやっと納得した。
 表面より熱いコロナへの関心も無理はなく、太陽が金髪縦ロールお嬢さまであることを再確認するのだった――違うか。

太陽観測衛星「ひので」
 まぁ、簡単な解説と速報的な観測成果の紹介。得られたデータが全部解析されるまでには膨大な年月が掛かるだろうなぁ……他の探査の話題をみても。いとかわのデータなど、処理ペースも非常に興味深い。
 耳慣れない「グレゴリアン型望遠鏡」の単語に心惹かれた。熱放出システムの存在意義には納得だ。

宇宙望遠鏡がとらえた星の生死
 内容から必然的に星雲のたぐいが多くなっているので非常にむふーできた。スピッツアーなど可視光以外を対象とする望遠鏡から得られた画像も多い。印象的だったのがらせん星雲の話題でオールト雲が残っているというのが興味深かった。ガスを浴びることによる減速もオールト雲の位置では致命的にならないのかな。

“ミニ太陽系”が生まれつつある姿
 ここまでくると木星の衛星系との比較に興味が湧いてくる。氷をまとえる惑星が多いだろうから、けっこう大きな星があるんじゃないかな。

恒星最期の巨大爆発「極超新星」の正体
 方向性をもっているのが幸いなような怖さのような……死の弾丸が宇宙を駆け巡っている感じ。まぁ、近傍で直撃を喰らわなければ大丈夫だと理解はしたのだけど。
 星が何とか質量を死蔵しようとしても宇宙はそれを許さず最大限に吐きださせようとするシステムの方向性みたいなものを感じる――なんていうと宇宙からの帰還っぽいな。

急展開する「ガンマ線バースト」のなぞ
 こちらも興味深く、途方もない規模のビリヤードが鮮烈なイメージを刻んだ。マグネターが近隣にあって数十年に一度ショートガンマ線バーストを浴びせるような星では生命の存在しようがなさそうだ……性悪な感じ。

太陽と恒星―「静かなる誕生」から「激動の死」へ (NEWTONムック)
カテゴリ:天文 | 21:38 | comments(0) | trackbacks(0)

絵とき 機械要素 基礎のきそ 門田和雄

 一般的な機械要素について機能と特性を絵付きで分かりやすく紹介してくれる本。
 歯車やねじなど単純だが大事な部品がはたす役割を知ることで、機械全体を構成するさいのイメージがだんだんと身についてくる。
 計算式は極力少なくなっているが、かなり実用性も意識されていて設計時にどのような点に留意してその部品のタイプを選べばいいのかヒントを与えてくれている。おかげで規格についての理解も少しずつ深まっていく気がした。
 選定に必要な計算をみると――単純なものだが――数学が社会に出たら不必要なんて嘘っぱちだということが分かる。少なくとも必要となる分野は確実に存在するのだから進路を考えていないほどしっかりやっておくべきだし、進路をしっかり考えているような学生ならおさおさ怠ったりしないのではないか。
 やっぱり本当に問題なのは必要なことが知られていないことなんだろうなぁ。もっと教科書や問題集の例題をこの本に載っているような形にしてほしい。

 コラムや各機械要素の製造方法解説も充実していて興味深く読むことができた。単純なパーツでも正確に作るためには大きな技術力が必要だし、それは過去から連綿と受け継がれてきたことがわかる。
 軸受けは磁気をつかえば無抵抗でできるのになぁ、と思っていたらやっぱり最後に紹介されていたように世の中のふところの深さを知るのだった。
 そんな世の中で多くの機械要素の起源に関係しているレオナルド・ダ・ヴィンチの凄さが光っていた。まぁ、ここまで凄いとなにより大量のスケッチを後世に遺したことが大きかったのではないかと穿った見方をしてしまいたくもなるのだが……そうでなくても機械の中に彼の功績は残って現代に繋がっていっただろうなぁ。

 現実的でありながら、感傷的なまでに思わされるところの多いおもしろい本だった。

絵とき「機械要素」基礎のきそ (Machine Design Series)
絵とき「機械要素」基礎のきそ (Machine Design Series)
門田 和雄
カテゴリ:工学 | 11:58 | comments(0) | trackbacks(0)

工場管理9月号

厳しい今だからこそ、現場力成長の時だ 〜VPM活動でコストアップを乗り切る工場づくりを〜
 タイトルにあるとおり現場力が成長できれば、好景気の晴れ上がりをむかえたときの収益も増大するだろうな。まぁ、いろいろやりつくしてしまわないかが気になるところで、それでも着手してみれば改善点が明らかになるのが現実のおもしろいところか。
 かつて効率的にするために行われた変更が、別の変更によって不効率なままになっていることもあるだろうし、車輪のように前進し続ける余地はあるのかもしれない。「明るい活動」の写真が暗い写りだったので、微妙だった。カメラマンもちゃんと改善しようよ…。

多品種少量製品を同一ラインで生産 現場サイドの発想を生産革新に活かす
 採算性と将来性のある製品ふたつに大きく狙いを絞って生産する思い切りが印象的だった。ただ、将来性を買ってるほうは読みが外れる可能性もあるわけで、その場合はどんなタイミングで生産を見直すのかが興味深い。

地域と一体となってCO2削減・環境対策に取り組む「エコアイディア工場 びわ湖」松下ホームアプライアンスのエコアイデア戦略
 こういう記事でも滋賀県より琵琶湖の印象が強いとは……いちおう環境対策に熱心というイメージも根付いた。やはり淡水域が身近にあると環境の変化を感じやすいのだろうか。多岐にわたる対策に工場の規模を感じる。

まんが de KAIZEN
 歩数の無駄をカウント――非常に長く毎日過ごす職場での一歩はずいぶん積み重なって大きくなるものだから細かくても疎かにできないなぁ。こういう整理整頓は定期的にやらないと元の木阿弥になってしまいそう。

「改善力」ワンポイント講座(53)
 読むだけと実際に書いたり口に出したりするのでは結構ことばの力って違う。そう考えると割に納得できる気がした。ただ、センスがよく日常語に没しない新鮮さをもった呼び方をつけるのは難しそう。

つくるだけじゃダメなのだ!! PR力をプラスしてモノづくり力を高める(5)
 プレスリリースの話題。大企業のものが目につくのは、こういうリリースを送るにも手なれた担当者がつく余裕があるからかもしれない。たんに規模が大きいからニュースも多いのと、自分が関心を寄せやすいせいもあるだろうが。

経営コンサルティングの現場から コストダウンが会社をダメにする!!(2)
 けっきょく個人的な視点と会社の大局的な視点は合致せず、そこで無理することは負の結果をもたらすということか。経営者はそこに注意を集中して自分の考えがすみずみにまで行きわたっているように心がけなければなるまい。大変だ。

工場管理 2008年 09月号 [雑誌]
工場管理 2008年 09月号 [雑誌]
カテゴリ:工学 | 21:59 | comments(0) | trackbacks(0)

光る石ガイドブック〜蛍光鉱物の不思議な世界〜 山川倫央

 こんな鉱物本を待っていた!

 いわいる鉱物図鑑系の本がどんどん二番煎じ三番煎じをくりかえし、ほとんど出涸らしの新奇なところは鉱物写真だけ状態に陥っていた状況――それでも手を出す私も私だ――には福音とさえいえる。

 本書はタイトル通りに紫外線などを照射された場合に蛍光や燐光を発する鉱物について話題を絞っている。
 それだけ内容を豊かにすることが難しくなるはずなのにも関わらず、著者の知識は無限かと錯覚されるほど豊穣で、語り口も軽快かつ頭に染みとおる知性に満ちている。読んでいて非常に気持ちが良い。

 掲載されている鉱物の写真も撮影が難しい蛍光状態を見事にとらえており、幻想的ではあるが意識を研ぎ澄ますのはかえって難しい暗室での観察とは異なった楽しさを提供してくれた。紫外線の波長によって蛍光の色が違ったり、同じ標本の中で多彩な蛍光をみせているのも興味深い。
 なによりも蛍光が著名な鉱物は標本が厳選されたグレードであり(可視光画像でみても溜息が漏れる)、蛍光をよく知られていない標本の写真はそれだけでもワンダーを与えてくれた。
 その両方をおさえているのが3章の「光る宝石」だろう。ルビーが光ることは承知していたが、エメラルドやトパーズまで光らせるとは反則級である……。

 まぁ、蛍石、方解石、灰重石――辺りの鉱物はともかく産出が稀だったり蛍光が特殊事例である鉱物については入手難度が相当高いと思われる。その現実に切歯扼腕しつつも、だからこそ「買い」の一冊だ。


 末尾には科学から歴史まで幅広い教養につつまれた光る石論が展開されており、電灯のない時代に人々が光る石に感じていた驚きが我が身によみがえってくる良い経験ができた。アクチベータとセンシタイザの用語がやけに生物学風なこともあり、硬く結晶しながらも生彩につつまれた雰囲気を帯びる「光る石」の良さが伝わってくる。
 普通は単調になりがちな鉱物リストまでアメリカの産地風景を紹介することで読み応えのあるものにしている、おかげで満足感に浸ったまま読了した。

著者のサイト
鉱物 たちの 庭  ★鉱物と鉱石と宝石と結晶と…★

光る石ガイドブック―蛍光鉱物の不思議な世界 (ROCK&GEMコレクション)
光る石ガイドブック―蛍光鉱物の不思議な世界 (ROCK&GEMコレクション)
山川 倫央
カテゴリ:地学 | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0)

読書について他二篇 ショウペンハウエル著・斉藤忍随訳

 実に見事なご高説。ショウペンハウエルの語る言葉は常に論理が明快で、前の文から前進し続けている。それまでの表現全てを参照してくりだされ続ける言葉は確実に読者の心を打つだろう。
 ましてや、文章の調子が正弦波のように心地よく、没頭させられる力をもつのならば――そう感じることはショウペンハウエルが批判するように自分の考えをもたず、著者の考えに支配されることにもなってしまう。それが悔しかった。

 非常にためになり説得力のある文章でつづられた読書について他二篇だが、やはりショウペンハウエルの選民思想的な厳しさには抵抗を覚えることがあった。さすがに自分がどちら側の人間かあえて主張することは目につかなかったけれど、大多数の凡庸にして愚劣な作文家を罵倒することで自分は彼らとは異なる真に優れた文学者だと暗に語る高慢さを感じられずにはいられなかった。
 困惑するのはそれが事実であることだ……一流のなにか訴えることをもっている人間は本質的に穏健ではなく、常に怒っているものなのかもしれない。その強烈な怒りは自分を含めた全方位に向かうから、自らの文章にもまったく妥協を許さず、後世に残されるような作品をものす。
 そういうこともあるのだろう。


 「思索」と「読書について」は簡潔で明瞭だったが「著作と文体」は怒りが暴走しすぎたきらいがあり、当時のドイツ語を憂える内容になっているので分かりにくい部分があった。文法の説明などは専門的にすぎる。
 だが、ともかくヘーゲルが槍玉にあげられていることは印象に残ったし、文章に通じて非難を浴びていたドイツの国民性は興味深かった。日本人にも通じる性質があり、文学が同じような問題を抱えていることに注目せずにはいられない。

 しかし、ショウペンハウエルは明確なまるで「神が定めたもうたドイツ語」が実在したと本気で考えていたのだろうか。目指し維持すべき目標として想定するのはいいが、あの複雑な歴史をもつ国家で厳粛にそれを強制するのは無茶なのではないか。
 著者と共有する背景の少ない私としては、やはり著作そのものが持つ言葉の外側にあるものが気になってしまうのだった。

読書について 他二篇 (岩波文庫)
読書について 他二篇 (岩波文庫)
ショウペンハウエル
カテゴリ:文学 | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0)
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