惑星地質学 宮本英昭/橘省吾/平田茂/杉田精司

 これ面白い!これ楽しい!な太陽系天体の地質を網羅的にあつかった学術書。その内容は非常にエキサイティングで多様な世界が存在することを教えてくれる。最新知見を最先端の研究をおこなっている研究者たちから短期間で求めており、更新され続けている分野の本にしては有効性が異常なまでに高いのも特徴。
 地質学の知識があると特に楽しめるだろう――こんな教科書で勉強できるなんて羨ましすぎる!

 内容はクレーターなど惑星地質学に目立つ研究対象の基礎と天体それぞれの各論に分かれており目から鱗の連続だった。
 特に印象に残ったのが木星以遠天体の現在の軌道を説明する「惑星大移動説」で、塵も積もれば山となる、時間効果の力の大きさを目の当たりにさせられた思いだ。ちょっと地質学からはずれているけれどなぁ。
 他にもクレーターの半径と深さの関係から惑星ごとの特質が分析されていたり、かなり独特の構造があったり、地球との比較が重要な意味をもっていたりと興味をひかれることがとても多かった。

 ちょっと不満をいえばガス惑星の衛星たちがまとめた章におさめられていて割かれるページ数に物足りなさを覚えることがあった点か。重要性からいってもやはりイオ・エウロパ・タイタンあたりは他の惑星(火星は凄すぎるのでそれ以外)並みの言及がほしかった。
 その辺は編集者側も理解してはいるらしく、写真につけられている解説が後半に行くほど充実していたのは良かったが……あと、情報量が不足しているのも確かだ。まぁ、かなり未知に包まれている水星にあれだけ触れられていたのだから、これまでの素晴らしい研究を集めればできることはできるに違いない。
 土星の環という惑星「地質学」からはやや外れた(ある意味、気象の一種として扱っているのかもしれないが)トピックに筆が割かれていたわりに、ツマ状態の冥王星には泣いた。すっかりオチ担当が板についちゃって――というのは捻くれた見方で、著者らには今まで以上に大きなカテゴリの代表として冥王星は理解されているに違いない。
 ニューホライズンズの到達が待望される。

惑星地質学
惑星地質学
カテゴリ:地学 | 10:49 | comments(0) | trackbacks(0)

まんがの達人vol.5

まんがの道具の説明
 ホワイトペン:これは割りと親しみの持てる道具。要するに修正ペンか。上から描けないホワイトはどんな事情で使われるんだろう。
 グラデーショントーン:ああ、一枚のなかで連続しているのはそれぞれの面で使うわけか。グラデーションの幅には縛りがあるので、絵の大きさに合わせて種類がいるんだな。大変だ。

女の子の顔を描く
 ガイド線がまんま宇宙人の顔になっていておもしろかった。やっぱり全体のバランスを意識して描くことが大事なんだね。ツヤに凹凸を与えて癖毛に描くのは×の対象ではなく描きかたのひとつに見えた。他の例は普通に×だろうけど。

男の子の全身を描く
 でた、デッサン人形。腕の状態とこぶしの握りって繋がっているよなぁ、と意識した。しっかり握られているのに脱力した状態に描いてしまう事ってありそう。タッチを変えずに描かれた五頭身がちょっと怖かった。

“テーマから設定”はストーリー作りの近道
 やけに身近な設定を描くものだ。それとも読者に取っては「大人」という意味で夢のある話になっているのかな。こういうのをしっかりおもしろく描ければ普遍的に通用する力が身につくのは確かだろう。

タイトルページはまんがの“顔”
 作品内容の一部でありながら作品と補い合うようになっているのが理想的か。アニメのオープニングに通じるものがあるので、参考になるかもしれない――情報の詰め方にはどうしても差がでるけど。例にされている絵の塗りがけっこう好き。

プロデビューのための基礎知識
 だいたい三つの道が紹介されている。同人やWebで名をあげてスカウトされるのも最近ではありか。「専門学校は在学中にデビューする意気込みで」というのはいいアドバイスに感じた。そうすると学んだことを全て活かすのはデビューした後になるな。
カテゴリ:ハウツー | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0)

鋼鉄の紋章3〜武器よさらば 三木原慧一

 さらばって合衆国の地を旅だって戦場へ逝ってらっしゃいの意味か……いろいろと壮大なオチのある巻だった。鋼鉄の紋章はともかくスターリンをそっちに持っていくとは恐ろしく趣味が悪い。だが、事件と人格を強固にリンクさせて一挙に生彩をおびていく存在を仕立てあげる描写はあいかわらず素晴らしいと思った。
 ヒトラーが元気一杯なのも、その辺の反射率の高さが影響しているのかもしれない。

 しかし、初期に紹介されていた未来像を思えば物事はそう簡単には進まない。ちょっと萌えキャラ化していたチョビ髭総統も最後まで順風満帆とはいかなければ、苦労人の模式標本と化しているトハチェフスキー元帥にも栄冠はやがて輝くのだ。
 その喜劇、悲劇、喜劇的悲劇、悲劇的喜劇、なんでもござれの姿勢こそが一種のリアリズムをもたらすのかもしれない。誰もが生きるために戦いを続け、勝負は終わってみるまで分からない――明確な終わりすら分かったものではないのだ。
 だからこそ歴史はおもしろく、現代がその延長線上に存在していることを意識できた。

三木原慧一作品感想記事一覧

鋼鉄の紋章〈3〉武器よさらば (ワニ・ノベルス)
三木原 慧一
カテゴリ:架空戦記小説 | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0)

鋼鉄の紋章2〜最高の定説 三木原慧一


 そういえば坂井三郎氏にもご執心だったなぁ――斎藤何某や宗像はお約束みたいなものだが、お約束にしてはアクが強すぎるところがある。まぁ、彼等にふりまわされる周辺人物に局限状態に直面した人間だけが醸し出せるたぐいの面白味が生じるのはいい点だ。

 ソ連・イギリス間の密約と世界を革命する力を持ったトロッキーの老害化によって日本海軍の主力艦が相当数沈められ、内閣から海陸軍のおもだった将校が爆殺されてしまった事を奇貨として、改革に邁進する日本の姿は興味深かった。
 まるで911後のアメリカが取るべきだった理想の方向性を示しているかのよう――ああいう極端なパニック状態ではビジョンを持った機会主義者の個性こそが力を発揮するのだな。そんな時期に人材を得られるのは幸か不幸か……かなり運を問われてしまうのは間違いない。

 イギリスとソ連に挟まれて頼りにしなければならないのがフランス・オランダ(いちおう日本)なんて窮地に追いやられているドイツが憐れだった。今後の展開で酷い目にあってしまうことも確定しているしなぁ。
 しかし、アメリカとの接近なんて理想的な展開を想像すると妙に悪夢的に感じられてしまうから不思議だ。いまいち相性が悪いといわざるをえない……。

 政治的な動きに走りすぎてハードウェアやバトルの実際が控えめになっているせいで、はっちゃけているのに重い印象を与える内容になっているのはちょっと勿体無かった。

三木原慧一作品感想記事一覧

鋼鉄の紋章〈2〉最高の定説 (ワニ・ノベルス)
三木原 慧一
カテゴリ:架空戦記小説 | 12:24 | comments(0) | trackbacks(0)

鋼鉄の紋章〜赤い帝国 三木原慧一

 グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国の赤化!という頭痛のコンセプトに巡洋戦艦空母蒼龍の頭痛が二重がけされる戦記シミュレーション作品。まぁ、ヨーロッパの国々がいろいろな色に塗りたくられて塗りつぶされるのは、この手の作品がもっていた必然といえるかもしれない。
 イタリアに共産主義とかは流石に似合いそうもないが……そういえば日本で天皇制が配されている設定の奴はあったかな?できるだけ現実に近い日本が勝たなければカタルシスがなく――史実に近い日本が勝てるわけもないという二律背反が架空戦記小説にバリエーションを生んできたのだろうなぁ。

 そんなバリエーションの一変形として、この作品はかなり直接的な形での組織改変を迫っている。一言であらわせば作者による人材の大量暗殺とでもいおうか……空母大和でも奇襲爆撃で暗号解読の頭脳を潰したりしていたあたり、作者のくせのひとつなのかもしれない。
 他にあるくせとしては共産主義と源田実に執心している様子がうかがわれるような、うかがってはいけないような……作中で社会主義革命を国家を使った実験と批判していたのを裏返せば、フィクションの中では積極的に扱う価値がある実験として評価している気がする。
 やっぱりなかなか捻くれているなぁ。

 それにしてもトロッキーソヴィエトが強い。1970年代で世界人口の大多数を傘下におさめている状況は悪夢的なものがある。しかし、スターリンの指導力があったからこそ出来た成長もあった気がするので、これは弊害だけを個人おしつけるいいとこどりにも見えた。それができればほとんどの国が強国になれてしまうよ。


 嶋田技術大佐が指導する溶接の話が、個人的な経験から結構興味深かった。やはり、こちらの状況に応じて見え方は変わってくるものなんだなぁ。

三木原慧一作品感想記事一覧

鋼鉄の紋章―赤い帝国 (ワニノベルス)
三木原 慧一
カテゴリ:架空戦記小説 | 19:24 | comments(0) | trackbacks(0)

まんがの達人Vol.4

まんがを描くための必須道具
 雲形定規:コマの大きさによっても求める曲線が違ってくるだろうし、なかなか厄介だな。デジタルでやれば、その点の面倒は減るのだろう。ただ、形に美があるからコレクション対象にしてもおもしろいかも。
 色々なペン:目的変われば道具も変わる。その点が結構興味深かった。セロテープのカスタムはちょっと安っぽい印象だが、実用に供することが何よりも大事か。

女の子の目を描く
 トーンまでくると目のハイライトも違和感がなくなってくる。やはり仕上がりをイメージして描けるようでないとバランスを保つのは難しいのだろう。

男の子の手を描く
 手の甲も皺が多くて難しいが、手の平側の指の膨らみを柔らかく描ける作画は凄いと感じる。人間にとっては親しい部分でもあり、けっこう画力がでてくる細部だ。

ストーリーまんがの起承転結
 ストーリー例の展開がしょうもない……いいネタがあったらこんなところで発表するわけもないか。それでもいきなりキスシーン持ってくるのは過激な気がした。これは少女漫画的なものへの新鮮さなんだろうな。
 起承転結に囚われていては――という意見も多そうだが基本を極めてから応用するのがやっぱり一番だと思う。

ストーリー・発想のトレーニング
 4コマの絵柄はポップで可愛らしく、わりとキャッチーだ。2本目の誕生日ネタは転は悪くないのだが、結の言葉づかいが気になった。微妙にラブ臭が感じ取れるセリフを求めてしまうが、見つけられない自分の非才を嘆く。

まんがを作るために
 学校の席も左から光を取り入れられる配置になってるんだよね。基本中の基本だけにプロでもできていないことが珍しくなさそうな話だった。だからこそやれば確実に助けとなるだろう。

まんがを描くための資料集め
 やはりちゃんと著作権については断りをいれていたか。ここで躓くと悲惨なことになるからなぁ……資料集めは作品との時間配分が難しくなるところでもある。
カテゴリ:ハウツー | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0)

宇宙のハーモニー 佐和貫利郎

 ハーモニーというかシンフォニーというか、絵で音楽を表現しようとしているところのある宇宙イラスト集。現実性はあまりなく、ファンタジー的な画面構成に凝っている。
 特に不思議なのが宇宙に漂うカラーボール的な衛星らしき球体で、軌道要素も一定しないし色合いは多彩だしで、物凄い違和感があった。あれを存在させておいて調和といわれても受けいられらないものがある。
 わりと普通の架空の惑星を前景にとりこんだ絵は素敵だったんだけどなぁ……。

 妙にポジティブな謎の詩が挿入されており、えもいわれぬ気分になってしまった。宇宙を美化してみている感じだが、そうしなくても最高に美しいものを――。

宇宙のハーモニー
佐和貫 利郎
カテゴリ:写真・イラスト集 | 23:25 | comments(2) | trackbacks(0)

工場管理11月号

工場災害は企業の存在を根底から覆す
 事例をじっくり眺めてしまったが地震だけは不可抗力気味なものを感じてしまった。だからこそ耐え抜ければ嬉しい事象ではある――ヒューマンエラーは因果応報だ。
 外部の人を使って失敗する例が良く見られるが、お得意の責任押し付けができても吸収しきれる損害にとどまるとは限らないわけで、本当のリスクをしっかり考えてほしいものだ。老朽化が進みながら投資がしにくくなっている状況も気に掛かるところ。

〜自転車の"心臓部"であるブレーキをセル生産でつくる〜―藤原工業
 なかには好況な分野もあるようで……自転車も高級品は高いから単価も悪くないのかもしれないな。なんでもコンベアー化するのではなくて、製品にあった環境づくりこそ必要か。ただ、身長の問題は足場を可変にできればなんとか――それをするにはスペースが必要でつまづく危険もあるからなぁ。難しいものだ。

リケンが挑む本当に強い工場づくり《下》
 なんでも直しちゃう伝説的人物の話に微笑んでしまう。そういう人の実在を聞けるのは嬉しいものだ。50年後もいるのかな、そういう人。
 サーバーが半分倒れた状態でも大丈夫だったのに感心した。さすがに頑丈になってきている。

まんが de KAIZEN コンベヤの分業なくして1人屋台へ
 1人減ったの減るの字が今に至るまで分からなかった。なんで減ったんだろ…悪いが気になってしまう。

つくるだけじゃダメなのだ!! PR力をプラスしてモノづくり力を高める 7 マスコミを選ぼう
 ネットは公共のニュースサイトにほぼ縛って、SEOについては触れずか。影響力のある個人サイトにプレスリリースするのもお互いに利益になるから悪くないかも――個人側がおべっか使いと非難されてしまうと困るのだが…。
 テレビって意外と番組の中で宣伝できるのは少ないんだなぁ。ここで求められているような詳しさはまったくないけど、私は球場の看板広告をちょっと気にしてる。

工場管理 2008年 11月号 [雑誌]
工場管理 2008年 11月号 [雑誌]
カテゴリ:工学 | 23:28 | comments(0) | trackbacks(0)

手塚治虫 原画の秘密 手塚プロダクション編

 手塚治虫の原画の数々を紹介し、作品に懸けた労苦と情熱を偲ばせる本。様々な名作の原画が楽しめ、変遷などを知るのもおもしろい。何といっても非常にキャリアが長いために漫画そのものの歴史を感じさせるところがあって興味深かった。
 印刷技術の発達はやはり大きな影響を及ぼしているのだ。それでも原画レベルでみれば今の作品と遜色のない美しさをもったものがあることには驚く。特にカラー原稿は美麗で目に潤いを与えてくれるものがあって見応えがあった。まぁ、あそこまでいくと絵画に近いので印刷技術とは違う文脈でみなければならないのかもしれない。
 それと同時にアミカケの部分が青色で指示されている辺りは昔から変化しないものがあることも教えてくれる。アシスタントへの独特の記号による指示も似たような方法を取り入れている漫画家がいるのではないか。

 一部とはいえ原画にみせられるシーンの数々にはかなり引き込まれるものがあった。非常に続きが気になる作品の大まかな解説は章末ごとになされているので親切だ。
 扉などの導入部分は単行本化の際のボツ率が高いのだけど、そういうところに限って気合いの入った作画がなされているのはとても勿体なく感じられた。作品が多いにも関わらず変更・描き直しも頭が痛くなるほど激しく、全集を読んだだけでは全容を把握できない手塚作品の奥深さが伝わってくる内容だった。

手塚治虫 原画の秘密 (とんぼの本)
手塚治虫 原画の秘密 (とんぼの本)
カテゴリ:写真・イラスト集 | 13:44 | comments(0) | trackbacks(0)

神々の座を越えて 谷甲州

 日本人クライマーの滝沢と日本人であることを捨てチベット独立運動に身を投じた父をもつ摩耶が活仏チュデン・リンポチェやテムジン師団と中国の間に展開される闘争に巻き込まれていく山岳冒険小説。
 チベット問題という非常にデリケートなテーマを扱っているおかげで、ストーリーの新鮮さが失われている気がしない。できれば良い結末によって失われていてほしい新鮮さでもあるかもしれない……。

 荒涼としたヒマラヤやチベットを舞台にした旅の描写の数々は、人が少ないからこそ人恋しさが募る気持ちを盛り上げる。こんなところで一緒に旅をすれば連帯感が生じて当然だと思えるのだけど、それでも中国人とチベット人には和解できない一線がある。
 そんな点でちょっとジグメに同情せざるをえないが、ただその存在を承認すると同時に交わる線ではないことも理解できてしまう。そんなところが敵としては妙に魅力的なキャラクターではあった。
 もっと魅力的なのが若きカリスマ、チュデン・リンポチェで、ローマ帝国以来の政策を感じさせる高度な人質として中国で英才教育を受けながら、ついに魂はチベットから離れることのなかった人物だった。
 先代の生まれ変わりとする活仏の制度に対しても冷静で居続けているところが良い。彼が生まれ変わりかは分からなくても彼なら生まれ変わらずにはいられない気がする。
 それまでの活仏もそう思わせるほど偉大な精神の持ち主が多かったから、活仏たりえたのかもしれないな。

 どんどんと退路が絶たれ「究極の手段」に訴えるしかなくなっていくストーリー展開も見事のひとことで、谷甲州先生が描きたいほう描きたいほうに展開を引っ張っていくように見えながらも、それが最も困難な可能性であるがゆえに最後に残ったことにまるで違和感がない点が素晴らしかった。
 そして、酸素ボンベが必要な場所ですら戦場にしてしまう人間の凄絶さにも感じいってしまう……宇宙は全体がそうなのだから宇宙戦争を描いている谷先生には普通の感覚とも考えられるけど。
 ともかくラストを飾るアタックは、空間と時間が非常に濃密で忘れられない場面に満ちている――まるで実際に自分の眼で見てきたような気分になってしまう。
 また、ピークだけではなく峠も重要な役割を果たすところがアジアの奥地で展開される冒険を感じさせて良かった。

谷甲州作品感想記事一覧

神々の座を越えて (ハヤカワ・ミステリワールド)
神々の座を越えて (ハヤカワ・ミステリワールド)
谷 甲州
カテゴリ:文学 | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0)
| 1/2PAGES | >>