歴史群像アーカイブvol.4 西洋戦史ギリシア・ローマ編 有坂純・荒川佳夫
2008.12.30 Tuesday | by sanasen
個人的にこの時期の軍事史がいちばんおもしろく感じることを再確認した。作文者がほとんど有坂純氏に偏っており、文脈のまとまりから非常に読みやすいのも特徴。歴史群像に収録された記事を編集したものにも関わらず連続性のあるストーリーを読み取ることができた。荒川佳夫氏が担当している部分も良かった。
ちょっと不満があるとすればディアドコイ戦争の記事が収録されていないことか……歴史群像本誌でもっているからいいけど。
・ペロポネソス戦争
アテナイとスパルタ(ラケダイモン)古代ギリシアを代表する二大都市国家による激突が意外と30年戦争的にぐだくだなものであったことを描きだしている。けっきょくのところ戦争が起きてから何とか目的を達成できるシステムを整えているのであり、開戦前に目的に見合った軍隊を編成できない小回りの悪さとそれに反する根性の高さが古代戦を長期間に及ぶものにしがちだったのかもしれない。
軽く触れられている細かい会戦については会戦事典 古代ギリシア人の戦争を参照すると相乗して楽しめる。さすがに海戦までは扱っていないが…。
アルキビアデスのキャラクターが微笑ましく描かれている。彼がシチリアに遠征出来ていればシュラクサイを落とすことはできていたかもしれないと感じた。その後の戦略はさらに支離滅裂なものになっただろうけどなぁ…。
・テーバイVSスパルタ
唯一荒川氏が担当されている部分。ともかくエパミノンダスが格好いい主人公を演じており、歴史に対して偉大な意志を抱いた個人が影響を与える点においてもフィリッポスやアレクサンドロスの先駆けとなっていた印象を抱いた。
・カイロネイアの戦い
フィリッポスに高い評価を与えている玄人好みのなんとやら。もしもアレクサンドロスとフィリッポスの性格が逆だったら互いにこれだけの成果を上げることはできなかったのではないか。フィリッポスはもちろん、東征についてもアレクサンドロスのキャラクターだからこそあれだけの距離を引っ張ることができたのだと感じる。
痒いところに手の届く良くまとまった内容になっていた。
・イッソスの戦い
戦略を追う限りメムノンさえ没していなければ歴史がどうなっていたかは分からない。戦域は小アジアに押し込められて、酷い消耗戦に終始した可能性さえある――そうなれば資金にものをいわせた政治工作に優れたペルシアが実を取っただろう。マケドニアも投資分は回収できただろうが。
優れた戦略行動に浮かされて戦術的に不利な地形に飛び込んでしまったペルシア軍の評価に困るところがあった。まだ野戦築城の発想はなかったようで…。
・カンナエ殲滅戦
もはや何度も繰り返し記述を追ってきた戦いなので、著者の視点に興味が集中していた。共和制ローマ軍の評価が最盛期マケドニア軍や後世の帝国がもった軍団に比べてそれほど高くないことが興味深い。まぁ、かなり柔軟性があったとはいえ市民軍であることに変わりはないからな。
中央がなんとか耐えた理由にもう少し説明がほしかった気がしないでもなかった。左翼の騎兵は本当に全てが右翼の救援に回ったんだろうか?ちょっとはローマ軍中央をつついていても不思議はない気がする――軽装歩兵もいるし小勢で襲い掛かるのは想像するより危険なのかも。
・ザマ会戦
カルタゴ本国による支援の姿勢について納得のいく描きかたをしてくれていた。まったくやる気がなかったというよりも方針が定まらなかったのと能力が制限されていたのが問題だろう。制海権を奪いきれないにしてもサルディニアさえ保持できていれば……そう考えると第二次ポエニ戦争を決めたのは第一次ポエニ戦争での戦後処理だったな。
カンナエからザマの間にあった会戦の名をあげてくれているのに満足した。あまりに触れられることのない部分だから――詳細は市川定春氏に期待したい。
・ローマ内乱記
ファルサロスの戦いを焦点に共和政ローマ末期を代表する偉大な英雄カエサルとポンペイウスの争いを描いている。カエサルが犯した誤謬の数々が指摘されており、全てが良い方向に転んだ感のある英雄といえども無謬ではないのだと実感させてくれた。この辺は無責任と紙一重の「賽を投げてしまえ!」が代表しているのかもしれない。
ポンペイウスの指揮がことごとく生彩を欠いているのはいろいろなものを得てしまった影響もあるのではないか。あれだけの名声をえてもなお前進できるカエサルはある意味、飽食した人間だ。もっと強い差はビジョンの有無であるけれど。
それにしてもファルサロスの展開はズルイ。ハンニバルがあれだけ苦しめられた騎兵戦力の差をこうもあっさり覆されると戦史が悪い冗談に思えてくる(ヌミディア騎兵とローマ貴族騎兵を同列に扱うのは微妙とはいえ)。そういう点でもカエサルは始末に負えない人物だ。
・アレシアの戦い
なぜか時系列が逆転している部分。検証が行われているとはいってもおおむねカエサルのガリア戦記にそった内容になっており、歴史を書き残した側の有利を実感してしまった。
カエサルの行動にも見通しが甘く、冒険的な部分が多々あることを指摘している点はローマ内乱記に同じ。たとえウェルキンゲトリクスがガリア王国を立てたとしてもハンニバルですら攻めあぐねたイタリアをどうにかすることは出来なかったであろう。ローマ内乱の展開にもよるが最終的にはゲルマンとローマの挟み撃ちによって緩慢に滅んでいった可能性が高いのではないか。ローマにとってのパルティアみたいな存在になれば面白いのは確かだが。
・ローマ帝国の誕生
ポンペイウスの遺児たちが粘っているのがおもしろい。もともと海賊討伐でならしたポンペイウスの次男が海賊の首領になってしまうのは歴史の皮肉であり政策の必然だったのかもしれない。
人物伝でアグリッパの子孫が揃いも揃って外れの皇帝であることに絶望した。アントニウスの運命はあんなもんだろう。
・ローマ軍団史
帝政ローマさえ飛び越えてビザンツ帝国の軍団まで扱ってくれていて嬉しかった。けっきょくどんな軍制改革も硬直化すると共に負の側面が表れてくる傾向にあるようだ。その影響まで考慮して軍制を整えられる将軍は、もはや将軍の域に収まる存在ではない。マリウスはどうであったのやら。
西洋戦史 ギリシア・ローマ編 (歴史群像シリーズ 歴史群像アーカイブ VOL. 4)
ちょっと不満があるとすればディアドコイ戦争の記事が収録されていないことか……歴史群像本誌でもっているからいいけど。
・ペロポネソス戦争
アテナイとスパルタ(ラケダイモン)古代ギリシアを代表する二大都市国家による激突が意外と30年戦争的にぐだくだなものであったことを描きだしている。けっきょくのところ戦争が起きてから何とか目的を達成できるシステムを整えているのであり、開戦前に目的に見合った軍隊を編成できない小回りの悪さとそれに反する根性の高さが古代戦を長期間に及ぶものにしがちだったのかもしれない。
軽く触れられている細かい会戦については会戦事典 古代ギリシア人の戦争を参照すると相乗して楽しめる。さすがに海戦までは扱っていないが…。
アルキビアデスのキャラクターが微笑ましく描かれている。彼がシチリアに遠征出来ていればシュラクサイを落とすことはできていたかもしれないと感じた。その後の戦略はさらに支離滅裂なものになっただろうけどなぁ…。
・テーバイVSスパルタ
唯一荒川氏が担当されている部分。ともかくエパミノンダスが格好いい主人公を演じており、歴史に対して偉大な意志を抱いた個人が影響を与える点においてもフィリッポスやアレクサンドロスの先駆けとなっていた印象を抱いた。
・カイロネイアの戦い
フィリッポスに高い評価を与えている玄人好みのなんとやら。もしもアレクサンドロスとフィリッポスの性格が逆だったら互いにこれだけの成果を上げることはできなかったのではないか。フィリッポスはもちろん、東征についてもアレクサンドロスのキャラクターだからこそあれだけの距離を引っ張ることができたのだと感じる。
痒いところに手の届く良くまとまった内容になっていた。
・イッソスの戦い
戦略を追う限りメムノンさえ没していなければ歴史がどうなっていたかは分からない。戦域は小アジアに押し込められて、酷い消耗戦に終始した可能性さえある――そうなれば資金にものをいわせた政治工作に優れたペルシアが実を取っただろう。マケドニアも投資分は回収できただろうが。
優れた戦略行動に浮かされて戦術的に不利な地形に飛び込んでしまったペルシア軍の評価に困るところがあった。まだ野戦築城の発想はなかったようで…。
・カンナエ殲滅戦
もはや何度も繰り返し記述を追ってきた戦いなので、著者の視点に興味が集中していた。共和制ローマ軍の評価が最盛期マケドニア軍や後世の帝国がもった軍団に比べてそれほど高くないことが興味深い。まぁ、かなり柔軟性があったとはいえ市民軍であることに変わりはないからな。
中央がなんとか耐えた理由にもう少し説明がほしかった気がしないでもなかった。左翼の騎兵は本当に全てが右翼の救援に回ったんだろうか?ちょっとはローマ軍中央をつついていても不思議はない気がする――軽装歩兵もいるし小勢で襲い掛かるのは想像するより危険なのかも。
・ザマ会戦
カルタゴ本国による支援の姿勢について納得のいく描きかたをしてくれていた。まったくやる気がなかったというよりも方針が定まらなかったのと能力が制限されていたのが問題だろう。制海権を奪いきれないにしてもサルディニアさえ保持できていれば……そう考えると第二次ポエニ戦争を決めたのは第一次ポエニ戦争での戦後処理だったな。
カンナエからザマの間にあった会戦の名をあげてくれているのに満足した。あまりに触れられることのない部分だから――詳細は市川定春氏に期待したい。
・ローマ内乱記
ファルサロスの戦いを焦点に共和政ローマ末期を代表する偉大な英雄カエサルとポンペイウスの争いを描いている。カエサルが犯した誤謬の数々が指摘されており、全てが良い方向に転んだ感のある英雄といえども無謬ではないのだと実感させてくれた。この辺は無責任と紙一重の「賽を投げてしまえ!」が代表しているのかもしれない。
ポンペイウスの指揮がことごとく生彩を欠いているのはいろいろなものを得てしまった影響もあるのではないか。あれだけの名声をえてもなお前進できるカエサルはある意味、飽食した人間だ。もっと強い差はビジョンの有無であるけれど。
それにしてもファルサロスの展開はズルイ。ハンニバルがあれだけ苦しめられた騎兵戦力の差をこうもあっさり覆されると戦史が悪い冗談に思えてくる(ヌミディア騎兵とローマ貴族騎兵を同列に扱うのは微妙とはいえ)。そういう点でもカエサルは始末に負えない人物だ。
・アレシアの戦い
なぜか時系列が逆転している部分。検証が行われているとはいってもおおむねカエサルのガリア戦記にそった内容になっており、歴史を書き残した側の有利を実感してしまった。
カエサルの行動にも見通しが甘く、冒険的な部分が多々あることを指摘している点はローマ内乱記に同じ。たとえウェルキンゲトリクスがガリア王国を立てたとしてもハンニバルですら攻めあぐねたイタリアをどうにかすることは出来なかったであろう。ローマ内乱の展開にもよるが最終的にはゲルマンとローマの挟み撃ちによって緩慢に滅んでいった可能性が高いのではないか。ローマにとってのパルティアみたいな存在になれば面白いのは確かだが。
・ローマ帝国の誕生
ポンペイウスの遺児たちが粘っているのがおもしろい。もともと海賊討伐でならしたポンペイウスの次男が海賊の首領になってしまうのは歴史の皮肉であり政策の必然だったのかもしれない。
人物伝でアグリッパの子孫が揃いも揃って外れの皇帝であることに絶望した。アントニウスの運命はあんなもんだろう。
・ローマ軍団史
帝政ローマさえ飛び越えてビザンツ帝国の軍団まで扱ってくれていて嬉しかった。けっきょくどんな軍制改革も硬直化すると共に負の側面が表れてくる傾向にあるようだ。その影響まで考慮して軍制を整えられる将軍は、もはや将軍の域に収まる存在ではない。マリウスはどうであったのやら。
西洋戦史 ギリシア・ローマ編 (歴史群像シリーズ 歴史群像アーカイブ VOL. 4)