戦闘城塞マスラヲvol.3〜奇跡の対価 林トモアキ

「ウィル子と繋がったまま街中走るなんて…頭がフットー(オーバーフロー)しそうだよぉ!」とヒデオが思ったとか思わなかったとか、何はともあれウィル子がヒロインしていてやけに嬉しいのが聖魔グランプリだった。
 まぁ、テンション的にはヒデオがヒロインの位置にある気がしないでもない。他にもイニD顔を想像してしまった婦警が益荒男な主人公に落ちていたり、エルシアが可愛い一面をみせていたり――挿絵がないことに憤る――熱くおアツい戦いをみせてくれていた。
 ウィル子が能力を最大限に発揮してレースに勝ったのもよく、宿主の形とはいえヒデオも彼女に頼り切りなわけではないことが分かって嬉しかった。エリア88を読んだようなアドバイスや「ここは俺に任せて先に行け」もやっているし。
 しかし、物理的な距離が開くことによる計算速度の低下などはないのだろうか。二人の間が超空間的に繋がっているとしたら凄いことだ!――と思ったが、イカレまくったアウター連中に比べたらどうってことなかったぜ!!
 それでも彼女に神の片鱗をみたのは確かで、圧倒的な計算能力の先にはヒデオの魔眼が現実化する可能性すら潜んでいる気がした。マリーチが狂わされた科学の進歩を、科学の進歩で覆すことができるのか!?なかなかに興味深い。

 楽しく笑えてホロっと泣けるカラオケ大会はいいとして、パーティーでの非常にぶっ飛んだ話題には困惑してしまった。他の星にも知的生命体がいるのなら、アウターみたいな連中もいてよさそうなものだが?
 その辺どうなっているのか気になったが、きっと林トモアキ先生のことだから深くは考えていない。量子コンピューターに触れたことがウィル子に進化をもたらすといいな。ジョジョ的ウイルスのお約束にのっとってヒデオが進化する方が先か…。


 リュータが主人公の番外編では、細かいベクトルよりも熱量のスカラーを優先させる林先生の哲学が感じられた。惑わされることの多い時代だからこそ彼らのありようが魅力的にみえてくる。


戦闘城塞マスラヲ1〜負け犬にウイルス感想
戦闘城塞マスラヲ2〜神々の分水嶺感想

お・り・が・み1〜天の門感想
お・り・が・み2〜龍の火感想
お・り・が・み3〜外の姫感想
お・り・が・み4〜獄の弓感想
お・り・が・み5〜正の闇感想
お・り・が・み6〜光の徒感想
お・り・が・み7〜澱の神感想

ミスマルカ興国物語1感想

戦闘城塞マスラヲ〈Vol.3〉奇跡の対価 (角川スニーカー文庫)
戦闘城塞マスラヲ〈Vol.3〉奇跡の対価 (角川スニーカー文庫)
林 トモアキ
カテゴリ:ファンタジー | 17:22 | comments(0) | trackbacks(0)

隔週刊トレジャー・ストーン47

ミネラルファイル-宝石
 ベルデライト:リチア電気石ではもっともありがちな緑色も個別名を与えることで箔が付くだろうという宝石商の思惑が垣間見えるような……その割に欠陥のないルースが紹介されていないのが気になった。スミソニアン博物館にあるにしても「ベルデライト」の札はついていないだろうな。
 キャッツ・アイ:こちらもクリソベリルと書かないことで自由度を確保している……巧みではあるし、この柔軟性が読む方にとって利することもあるか。キャッツ・アイでも河ズレしてしまっているのは同胞とぶつかったせいか、コランダムのせいか。

ミネラルファイル-鉱物
 十字石:ショボイ!直角に交わった十字石こそ真の十字石と悦にいるマニア!!結構自慢の標本をもっていたりするのだ。
 クロリトイド:これ、緑泥石だろ?何故カタカナ表記を連発する――と思いながら読んでしまった。それほど良く似ている。似ているからこそ名前は似ないものにする気遣いとかはないのか、鉱物学者。
 クリストバライト:地味だが好感をもたざるをえない相手。まるまるっとしたところがチャーミングな鉱物だ。

世界の鉱物産地/ロシア編
 凄すぎて泣けてきた……やっぱり土地はもっておくといいことあるなぁ。そんなロシア人がアラスカを売ってしまったことが不思議に思えてくる。シベリアよりさらに東の「ロシア極東部」をひとつの地域としてみるのが新鮮に感じられた。常識なのかもしれないが。

地球物語/環境問題
 本当に環境問題起こしているところの写真を使わないと厄いことになりそうだ。まぁ、酷さからみて直接的な文句はいえない雰囲気。

ディスカバリー/炭酸塩鉱物1
 ここにきて非常に単純なものを……地殻に広く分布していると語るなら堆積岩や蒸発岩、スカルンなどの分類も始めてほしかった。誌面が足りないのは分かるけどね。

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トレジャー・ストーン 47―隔週刊 (47)
カテゴリ:地学 | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0)

隔週刊トレジャー・ストーン45

ミネラルファイル-宝石
 ロードクロサイト:非常に澄んだ色合いの赤が美しい宝石鉱物。同時に縞模様をつくる標本も魅力を持っているし、化石を置換することさえある……オパール級じゃないか?硬度さえあればなぁ。方解石が宝石的な関心でも好きなので、魅力的な赤をみせてくれるロードクロサイトは大好きだったりする。

ミネラルファイル-鉱物
 シデライト:カテゴリは分かれてはいるが炭酸塩鉱物仲間でロードクロサイトとは深い縁がある鉱物。これを連続させてくるセンスはよい。透明なものがリチア電気石みたいで非常に物欲をそそった。
 紅亜鉛鉱:フランクリン鉱山名産のあれ。希塩酸で溶けるのに炎に耐える性質がおもしろい。宝石質の標本がみたかったが記述からして天然ものは入手困難なのだろう。
 カスピディン:カスピ海に関係あると思わせて別にそんなことはなかったぜ!な鉱物。魔法使いの土系槍魔法って感じ?
 フォンセン石:こういう針状の繊細な鉱物って大好き。グシャッてしたいグシャッて!石英中のインクルージョンになっている奴が特に魅力的だった。

世界の鉱物産地
 ベネズエラ編:ギアナ高地周辺が鉱山開発されてしまう趨勢なのは悲しいのだが……小さなベニスから国名が来ているのにイギリスとフランスを合わせたよりも大きいのが面白い。赤道近くの国はメルカトル図法的に小さくみえてしまうからなぁ。

医療と鉱物
 もっと漢方薬的な話題に振れるかと思った。まぁ、未加工品の処方をいろいろ書いて実際に試されるのも困るか…。

ヒ酸塩鉱物2
 硫砒鉄鉱がでる鉱山には二次鉱物の印象が何故かなかった時代を思い出す。やってくれればかなり魅力的な鉱物を生成するのだ。2ということでちょっとマニアックに入りながら綺麗どころぞろいなのが嬉しかった。

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トレジャー・ストーン 45―隔週刊 (45)
カテゴリ:地学 | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0)

新・日米大戦 鉄血の大洋1巻 荒川佳夫

 ドイツを追われ共産主義への復讐を誓ったヒトラーがアメリカ大統領に就任。際どい陰謀を駆使して経済状況を打開するための対日宣戦をしてしまう架空戦記小説。
 1945年から本格的な戦いが始まるのだが、兵器の発達が割と大人しくなっているのが興味深い。世界大戦も行われていないし――ナチスドイツが流産している以上、行われるとしたら共産主義を相手どった大規模すぎる代物になっていたであろう――妥当なところかもしれない。

 TV信管は開発が史実よりも上手くなされるだろうが、マンハッタン計画は史実よりたやすく進捗する気がしないなぁ。むしろ日本にも核開発の目が出ていることが気になった。
 もっと手近な面でいえばぎりぎりのタイミングで日本の艦隊を更新させて有利に戦いを進められるようになっているのがあざといというか……伊勢級や扶桑級を改装して30ノット超の高速戦艦にするのはちょっと無理がある気がした。特に扶桑級はなぁ。
 まぁ、彼女たちは36センチ砲を12門もった金剛級として扱われていくことになるのだろう。36センチ砲戦艦の防御力を40センチ砲弾に対しては単純に無力にしているところなど、戦艦観に隙がみられる気がするよ。
 それじゃあ大和級に対してモンタナ級が役立たずになってしまう……。

 日本海軍の場合は戦艦の充実が優先されて補助艦艇がおざなりになっているのも気になる――見方によっては史実の逆か。だからこそ戦時急増艦の需要が高いことに希望を見出したいところであるが?

新・日米大戦 鉄血の大洋〈1〉 (歴史群像新書)
荒川 佳夫
カテゴリ:架空戦記小説 | 00:10 | comments(0) | trackbacks(0)

戦術と指揮〜命令の与え方・集団の動かし方 松村劭

 戦術のかなり原則的な面をわかりやすい図入りで紹介した本。いちおうはビジネスへの応用をうたっているが、最後の方に進むにつれてビジネスへの言及がおざなりになっていくのが微笑ましい。著者が何をやりたいのかが良く分かる。

 ビジネス関連いえば会社組織と軍隊組織を比較して、上司の判断にともなう問題の少なさで軍隊をもちあげていたけれど、軍隊が基本的に高コストの組織であることは忘れてはいけないだろう。やはり民間の行いはもっとも効率的に進められる場合の民間企業がいちばん低コストでやることができるはずで、軍隊組織の使用は次善の結果を招くはず――部分的に適用して組織改善を図るのはおもしろいと思うけどね。
 それとも中途半端がいちばんいけないのだろうか?日本人は組織論に関していろいろ自虐が多いだけに評価に困った。
 とりあえずは「どんな組織にもなるべくしてなった理由」があるはずで、それを常に念頭におきながら現状への適応を考えるのがベストなのだろう――最も難しいわけでもある。

 さて、上記の問題に比べればまだ気楽に感じられる――実際の指揮官と違って部下の生命を背負っていないのが大きいのだが――戦術に関する話題は、現代(1995年当時)の状況を基調にして読者に演習問題を投げかけてきて、なかなか面白かった。
 正解した時は自信がつくし、間違った時はショックから印象に残る。演習内容は徐々に複雑化し最終的には、それぞれ軍曹と大佐を主人公にした架空のQ島におけるキャンペーンでの「決心」の連続がシミュレーションされている。
 見ていると下級指揮官に行くほど正解・不正解の判断が難しい。本人にとっては生存が最優先になるので分かりやすいともいえるのだが。あれはむしろ戦場での判断の一例を示している事によって上級指揮官が根拠とする判断の実際がおぼろげながらに示すことが目的に見受けられた。

 三鷹戦闘団全体の戦いを描く最終章はマクロな視点を含むのでだんだんとモデルにしている組織が分かってきて面白かった。微妙ながらX=日本、P=アメリカ、Z=中華人民共和国、LQ=韓国、SQ=北朝鮮、R=ロシア?と思われる。半島ではなく島を使っているところはキプロス紛争模様も混ざっているのだが。
 それにしても気になったのは著者が活用したという米CIAのTNDM(Tactical Numerical Deterministic Model)である。一種の戦術定石集みたいなものなのだろうか。

戦術と指揮―命令の与え方・集団の動かし方 (PHP文庫)
戦術と指揮―命令の与え方・集団の動かし方 (PHP文庫)
松村 劭

表紙はSEGA AGES 2500 シリーズVol.22 アドバンスド大戦略 -ドイツ電撃作戦-とのこと。
カテゴリ:ハウツー | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0)

地球の鉱物コレクション27 ディアゴスティーニ

ミネラルファイル
 日本にはあまり縁のない岩塩に、地味な褐鉄鉱、そして黄緑柱石のヘリオドール……なかなかカオスになってきたな。毛鉱は素直に好き。ただし、あれの断口を言われても困る。
 岩塩の正6面体ではない結晶がみてみたかったけれど、あるんだっけ?綺麗な立方体になった、とキャプションがついている奴で反射的に感心してしまった自分を殴りたい。
 褐鉄鉱は高師小僧の名前をあげてほしかったかもしれない。確か、あれから製鉄する実験が近くの博物館で行われていたはず。「たたら」の印象が強過ぎる日本では興味深いのではないか。
 ヘリオドールはけっこう歴史が深いんだなぁ。

日本の新鉱物
 オホーツク石。地味めだがハンペリー石の仲間と聞くと微妙に親しみが湧いてくる。それなりに量のでそうな産状をしているなぁ。

コレクターズガイド
 こういうのがやってほしかったけれど、実用に供するには細やかさが足りない。その辺は検索入門あたりの縄張りなのだろうか。ミネラライトほしいなぁ。

ミネラル・サイエンス
 元素鉱物シリーズとして紹介されてはいるものの、かなり強引に仲間にされている連中があるような……宇宙に人類が進出して分化した小惑星の核に迫れる日がくれば元素鉱物の種類も増えていくかもしれない。

地球物語
 鉱物の保存の観点から敵と意識することの多い風化だが、二次鉱物をつくるのも風化か。地質の差から生じる風化地形は趣き深いものだ。

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カテゴリ:地学 | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0)

暁の旭日旗1〜日ソ東亜大戦勃発

 ソ連が理想的な発展を遂げた世界の架空シミュレーション。ナチスドイツの侵攻をあっさり返り討ちにしたフルシチョフとトハチェフスキーが率いるソ連はドイツから獲得した艦隊などの資源を駆使して東に方向を転じ、アメリカと日本に牙を剥く……トロツキーもいない以上、アメリカ相手にケンカを売る無茶をする必然性はない気がした。
 満州の問題で対立しているといっても中国共産党があそこまで優位に立っている以上は自然と共産主義陣営の手に落ちてくる地域だったのではないか(国民党が台湾に来ないでくれるのは嬉しい)。
 まぁ、朝鮮半島は問題だが費用対効果をみると微妙……この世界の日本がノモンハン事変――という名の日ソ大規模戦争でかなり弱体化しているので、そこまで制圧して太平洋にでることを夢見ちゃったのかなぁ。朝鮮をアメリカが持ってくれている以上は、かえって理想的な状態になっているんだけどね。
 何にしてもあくまでも短期戦の姿勢にあるあたりは冷静だった。おかげで艦隊も大盤振る舞いされて景気がよい。ちょっと予備兵力不足の感じは引っ掛かったけれど、それも日本の総力を結集した反撃で払拭していた。

 戦場が朝鮮と日本海・オホーツク海になっている点も日露戦争的な浪漫をひきたてるものがあった。ノモンハンの敗戦からたった4年で日本軍が大きく変貌を遂げているのは違和感があるが、始めると過激な日本人らしくもある。
 東アジアが友愛で結ばれた雰囲気の作品を書いている作者としては共通の敵を与えて、両国間のわだかまりを早期に溶かせることで、現実とは異なる外交関係の可能性を示したいのかもしれないなぁ。
 ひたすら美しい理想に走っているところに爽快感があった初期の作品と比べると、現実の問題を受けてくすんでいる印象は否めない…。

暁の旭日旗―日ソ東亜大戦勃発 (歴史群像新書)
暁の旭日旗―日ソ東亜大戦勃発 (歴史群像新書)
安芸 一穂
カテゴリ:架空戦記小説 | 22:30 | comments(0) | trackbacks(0)

最強戦艦魔龍の弾道2 林譲治

 真珠湾奇襲作戦に参加した大和と武蔵は生卵でも砕くように旧式戦艦たちを撃破していく。同じ戦艦とはいっても砲弾の威力によってまったく別の兵器になってしまっているかのような按配だ……T−34とチハたんみたいなものか。
 高速性能もまず接近と退避で役に立つとは捻くれている。太平洋艦隊司令部へのラッキーヒットはいくらなんでもやりすぎな気がしたが、これも林節のうちか……ドック破壊はいいし、ハルゼーとスプルーアンスには華をもたせていたけどね。

 夜間衝突防止装置としてレーダーが初期から活躍している点も興味深い。確かに北太平洋で活動するには非常に有効な機材なわけで、ここから発展にもっていくのは自然だろうな。
 ただ、万能の道具として信望されているだけに、欠点が知られた際の拒絶反応が心配になった。あと、自分のもっているものは敵が持っている発想ができていないのは「夜間衝突防止装置」として航海科の機材になってしまっているせいかなぁ。このあたりも課題が多い。

 それでも一日の内に問題を認知して部分的に解決したり、未知の機材を使いこなせるようになったりしている点で海軍軍人の優秀さと組織の冗長性を感じた。なんだかんだ言っても日本一流の人材が集まった組織なのだ。
 源田実の暴走ぶりは流石だが……。

林譲治作品感想記事一覧

最強戦艦 魔龍の弾道〈2〉 (歴史群像新書)
林 譲治
カテゴリ:架空戦記小説 | 18:16 | comments(0) | trackbacks(0)

最強戦艦魔龍の弾道1 林譲治

 タングステン弾芯をクロームバナジウムで覆った16インチ砲を搭載した高速戦艦大和が太平洋所狭しと暴れ回るする架空戦記小説。
 ゲルリッヒ砲搭載の装甲艦大和を生み出したことからも分かるように、林譲治氏は「敵艦の装甲を貫通して撃破する」ことを第一に重視しており、ともかく大口径!大威力!無敵戦艦大和を追求するいってしまえばグロテスクな価値観からは無縁だ。
 娯楽としての必然からはそうなるのもしかたないのかもしれないけれど、本職の海軍軍人たるものの精神にまでそれが反映されてはならない。そう目を覚まさせてくれた――と同時に良く出来ているなのが本職の海軍軍人でさえ子供じみた巨艦幻想に取りつかれることがあったのではないかと疑わせてくれるところだ。
 まぁ、兵は鉄のみにして戦うにあらず、かもね。

 1巻は大和の誕生秘話がメインで戦闘シーンはほとんどないものの、プロジェクトXばりの苦労話が興味深く、興味を維持して楽しむことができた。
 バナジウムを入手するための苦労なんかは、戦艦が日本全体の社会から生まれながらもやはり「数隻」にすぎないことのズレをついていておもしろい。これだけ少数の働きに国家の安全を期待しなければならない状態自体がひとつのリスクに感じられるので、航空主兵になったのは心理的にも当然だったのではないか。
 そんな考えを弄んでみたりもした。

林譲治作品感想記事一覧

最強戦艦 魔龍の弾道〈1〉 (歴史群像新書)
林 譲治
カテゴリ:架空戦記小説 | 21:52 | comments(0) | trackbacks(0)

かわらの小石図鑑 千葉とき子・斎藤靖二

 荒川・多摩川・相模川の三つの河川から集めた小石を地学的な視点から徹底的に分析し、紹介することで三つの河川の流域、ひいては日本列島の地質を紹介しようとする朴訥にみえて野心的な図鑑。
 転石をサンプルにしてはいけないと刷り込まれた精神からは大胆な行動にみえるが、自らが露頭に取りつくのではなく、川に石を運んでもらうことで子供で気軽に地球のことを学べる良さがあることに気付かされた。

 石を紹介するときの博物学的な記述が半端ではなく意識を闇に引き込まれそうになる――ぶっちゃけ側面に興味をもたずに正面から読むのは辛い。しかし、小さな石を使いながら層序や地質イベントを可能な限り紹介していく視点はおもしろかった。同じ種類の石でも状態の違いによってしつこく取り上げられており、博物学に必要な根気の強さがうかがえる。

 だが、何といっても目玉になっているのが小石たちの薄片写真だ。まさか転石相手にここまでするとは…と呆れながらも直交ポーラーの鮮やかさを楽しませてもらった。やはり薄片の情報量は素晴らしくて、石の履歴を端的に物語っていることには深く感心した。
 かなりの労力を要する方法だが薄片の作り方まで紹介されていて、いっけん子供向けに見えながら恐ろしく奥の深い本なのだった。挙げられている岩石名でもデイサイト、ホルンフェルス――菫青石は数少ない鉱物趣味的な見ものだ――はまだしもラピリストーンは聞き覚えがしょうじき怪しい。
 最後の日本地質の紹介ではメランジュ(とは言いはしないが)から付加体まで挙げており、著者の本気がうかがえる。

 いささか難しいきらいのある本だけど、夢中になれる少年少女が僅かでもいれば日本の地球科学界にとって大きな実りになるのではないか。



かわらの小石の図鑑―日本列島の生い立ちを考える
かわらの小石の図鑑―日本列島の生い立ちを考える
千葉 とき子,斎藤 靖二
カテゴリ:地学 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0)
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