シャーロック・ホームズの決闘 伊吹秀明

 モリアーティ教授との戦いでホームズの命を救った謎の武術「バリツ」を軸に展開されるホームズのパロディ作品。
 「彼らが生きていた時代」のイギリス社会の雰囲気を見事につかみ、同時代人を巧みに配置して興味深い5編をつくっている。

 やはりいちばんの見所といえるのは、バリツを使ったホームズの格闘シーンで、それまでの推理からちゃんと繋がりつつも、激しい肉体技の応酬をみせてくれた。観戦者が医者であるワトソン博士であることも、格闘描写を緊迫したものにするのに一役買っていたと思う。
 医者を傍観者にした原作の炯眼を、繰り返し見せつけられた気分になる。

 登場人物として大脱出王のフーディーニやドーバー海峡の向こうのあの人物も出てくるのだが、個人的にいちばん興味深いと思った話は盛んだった古生物学にからんだ一編「ピルトダウンの怪人」だった。ネタにされている事件にも聞き覚えがあり、日本における神の右手事件も連想させるものがある。
 そして、負けたらただじゃ済まない相手だけに異「種」格闘戦が手に汗を握らせた。最後の話は「あんたら勝敗をバトルで付けていいの?」とついつい突っ込んでしまうところがあり、熱戦でありながら、どこか滑稽な雰囲気が漂ってしまっている。
 パロディなのだから、ギャグに振れるのは至って自然なことか……。

伊吹秀明作品感想記事一覧

シャーロック・ホームズの決闘
シャーロック・ホームズの決闘
カテゴリ:ミステリー | 21:38 | comments(0) | trackbacks(0)

戦国大合戦記2〜長久手最終戦 吉本健二

 黒田官兵衛2万石からの天下盗り!
 そう書いてみると人材の問題からも無茶苦茶な話に聞こえるのだが、そこそこの説得力をもってしまえるのが黒田官兵衛の個性なのだった。史実においても関ヶ原の戦いで、ほとんど手勢がない状態から大暴れしているからなぁ。実績とは恐ろしいものだ。

 秀吉と家康のずるずる長引かせられる対陣からはじまった戦いは、両者が激しくかみ合った直後に黒田官兵衛があやつる新生織田軍が殴り掛かる変態的な展開に……朝から日没までずっと激しく戦い続けた兵士・指揮官たちの気力に圧倒される思いだった。
 両雄にいたっては、その後の逃避行まで余儀なくされるのだから堪らない。私としてはただただ同情することしきりである。

 天下人とその次期候補が倒されたあとの戦国の趨勢は、羽柴秀長がしぶとく日本の中央に居座ったことによって、かなり不安定になっている。ここからの展開もおもしろそうなのだが、話自体は秀吉と家康が片付いた時点で終わってしまった。
 うまく秀長が天下人にならないかなぁ――なっても後継者に恵まれない問題はでてきそう。そうなると最後に勝つのは藤堂高虎かもしれない。傍目にはおもしろくも、巻き込まれる民草にとっては堪らない戦国時代、その現実を意識される作品だった。

戦国大合戦記〈2〉長久手最終戦 (歴史群像新書)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0)

戦国大合戦記1〜小牧山包囲陣 吉本健二

 1巻を読み終わる直後まで戦国大「谷」戦記だと思い込んでいた――大谷吉継があまり活躍しないから変だと思っていたんだ!というか、我ながら頭が悪すぎるよ。
 そんな変な思い込みのせいで、最初に存在を示唆されていた「歴史改変の仕掛け人」の正体についても、余計に幻惑されてしまった感がある。なかなか明かされないその人物をじりじりしながら予想するのが愉しかった。

 ただ、秀吉も家康も鈍感過ぎた気がしないでもない。特に家康はいくらなんでも上手く進みすぎだと思わなかったんだろうか?小牧山に封じ込められた窮状のせいで、ポジティブなことは無批判に受け容れてしまう状態だったのかもしれない。

 作品の特色としては、けっこう具体的な計数をだしてくることがあり、石田三成が小牧山を水没させるには750億俵の土俵が必要だと試算したくだりには笑ってしまった。他にも工事に必要とされた米や金を出していて、土木的な興味深さがあった。
 三成とか秀長とか裏方っぽい人物の扱いが結構いいのも独自性をだしてくれている。それでも三好秀次は残念な後継者扱い……まぁ、実績からも展開の必要性からも、そうなりがちなんだろうなぁ。

 頭脳派が輝く裏では、三河武士もちゃんと三河武士をしていて、変態的とも言える根性で水攻めを受けた小牧山で耐え忍ぶ様子が「無駄に」勇ましかった。さすがは三河武士!

戦国大合戦記〈1〉小牧山包囲陣 (歴史群像新書)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 19:13 | comments(0) | trackbacks(0)

ミネラルワールドへようこそ! きしわだ自然資料館

 まずは一般的な鉱物の写真入り解説から始まる。ちょっと写真が小さいのは気になるが、解説文のボリュームがそこそこあって一覧するには悪くない。

 つづいて鉱物採集の方法を解説した漫画が収録されていた。
 内容はわかりやすく、そつのない感じでとても良かった。それにしても、初心者を連れて採集に行った鉱物が「ドーソン石」とはマニアックである。
 そうなった理由は、続く大阪府の鉱物紹介を読んでいるとなんとなくわかる。意外といろいろ出るものの、住宅開発などにやられまくってドーソン石の産地以外は軒並み絶産になっているのだった。標本が残されているだけでも幸運と思わなければならないのかなぁ。時代の流れに完全に押し流されてしまっている感じが切なかった。

 大阪の資料館だけに力の入っていたのが、大阪石の解説で写真も他より大きなものが使われる扱いの良さだった。あと、雪の結晶や生体鉱物も、鉱物として一緒に紹介するセンスも目を引いた。

ミネラルワールドへようこそ! - 大阪府岸和田市公式ウェブサイト:祭都きしわだ
カテゴリ:地学 | 00:50 | comments(0) | trackbacks(0)

第二次宇宙戦争 マルス1938 伊吹秀明

 ふたりのウェルズによって著名な作品「宇宙戦争」の続きを描いた作品。
 種の存続が懸かっているので当然といえば当然だが、諦めの悪い火星人がふたたび地球に侵攻作戦をしかけてくる。それに立ち向かう人類は、前回の戦いで手に入れた火星の兵器を複製して戦力を整えていた!
 いくら実物があっても、コピーできるレベルの技術ではない気がするけれど、実際にできてしまっている以上は事実と認めるしかない。乗員が細菌で死んでも機体そのものは、稼働する状態だから、かなり条件がいいのも間違いはない。
 火星人は火星人で、飛び抜けた技術力があるなら、火星の環境改善に挑戦しろよと思った。この作品より、原作へのツッコミになるかな。

 物語はツングースカ大爆発を絡めて、壮大な規模で展開していく。
 シベリア出兵とか、歴史の使い方がとても巧い。いろいろあったソ連も、実際に火星人が侵攻してきたときはイギリスの救援に力を貸しているんだよなぁ。

 最後の決戦はアメリカ・イギリス・日本を舞台に展開し、やたらと豪華だ。とくにイギリスでの戦いに各国が協力して、地球連合艦隊が生まれていることには謎の感動があった。
 ドイツとフランスは本国も侵されているはずなんだけど、大丈夫なのかなぁ。どちらにしろ首都が内陸にあるから海軍が活躍する余地はないのか。火星人の兵器からコピーした熱線砲を搭載した軍艦のキメラっぷりが堪らなかった。

 こうして火星人のおかげで地球が一丸となり、第二次世界大戦が起きずに済むなら、ありがたいことではある。ロボットバトルものとしても、かなり良いし多面的な愉しみ方のできる作品だった。


伊吹秀明作品感想記事一覧

第二次宇宙戦争―マルス1938 (ワニ・ノベルス)
第二次宇宙戦争―マルス1938 (ワニ・ノベルス)
カテゴリ:SF | 12:18 | comments(0) | trackbacks(0)

ペグマタイト第50号(01−5)

岐阜県瑞浪市明世町の花崗斑岩中に見られる高温石英のエステレル双晶について
 非常に興味深い記事だった。高温石英産地だとは知っていたが、正長石のカルルスバット式双晶やハベノ式双晶も採れるとの情報は耳新しい。ただ、産地の様子がかなり変わっている雰囲気もあった――なんか露頭が見えているような書き方だ。
 問題のエステレル双晶は分離すると分からなくなってしまうので、手に入れるためには母岩付きを狙う必要があるとのことだ。こういう熱のある記事を読むとついつい私まで欲しくなってきてしまう。

岩手県宮守村上宮守のペグマタイト採掘跡を訪ねて
 ローズクォーツが採れる産地らしい。そのせいか、しっかりした水晶は見られない産地のようだ。ペグマタイトもいろいろあるなぁ。
 採れる鉱物の記載方法がとても実用的。

磁石
 鉱物採集の頼もしい「予備」道具、磁石にまつわる気楽な話。自分も昔持っていたやつ――ちょうどネタにされていたドーナツ型にタコ糸を通したヤツだ――を、どこかへ旅立たせてしまっていることを思い出した。やはり現代文明のど真ん中で強力な磁石を日常的に持ち歩くのは気が引けるなぁ。強力な磁石が生まれたのも現代文明のおかげなのだが……。
 締めがやたらとグダグダしていた。

大分県姫島に硬石膏を採りに行った話
 黒曜石中に含まれる小さな硬石膏の話。けっきょく、肉眼的なやつは採りやすいのか採りにくいのか。記事の感じでは時間をかければ採れそうだが……?それも今の話ではないから怪しいものだ。
 冒頭にあったス鼻の藍鉄鉱が非常に気になった、入手は不可能みたいだが。

東京大学総合研究博物館「和田鉱物標本展」の見学
 大昔の企画展は興味をもつだけ虚しくなる……それでも本文中で褒められていた複円式測角器などは写真で確認できた。確かにこれは芸術品だと感心した。


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カテゴリ:地学 | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0)

ペグマタイト第17号(96−2)

伊豆の隠れた“肉眼的な金”産地
 菖蒲沢は隠れていない肉眼的金産地かな?さすがに伊豆は金の産地が多い。そういえば後北条氏の経済基盤にはなっていたのかなぁ。寡聞にして知らないが……。
 身体を酷使しつつ銀黒から0.1ミリサイズの金粒を探すのはまさに趣味の領域だなぁ。砂金にはない魅力を覚えられているのだろう。
 採集行参加者の体力と執念のよくわかりすぎる記事だった。

奈良県大和水銀鉱山の思い出
 著名鉱山の稼行当時の様子を高校生の時に訪れた著者が語る。欲しいと思っていたものが手に入らず悔しい想いをしたことは、とてもよく記憶に残るもので――後悔ごとが多めになるのは記事の必然なのだろう。
 益富先生の名前を出せば見学を許可してくれることが多かったという逸話は、権威の恐るべき力を感じさせる。

続・「晶相」と「晶癖」
 さすがドイツ人は細かいな。晶相という言葉のこの記事の意味では初めて知ったと思う。使いこなすのは難しそうだ。

最近の下大能について
 1996年の記事だが、書かれたころの最近なので、読む側にとっては「15年前の」が正しくなる。古い産地でも植林や林道の変遷によってチャンスが生まれることもあるようだ。やっぱりマメさと根気が大切だなぁ。あと、それを持つ人間同士のネットワーク。


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カテゴリ:地学 | 00:18 | comments(0) | trackbacks(0)

月刊ニュートン2010年9月号

NGK SCIENCE SITE
 これはおもしろいと思っていたら、もっと手軽な方法でも効果があることが分かってショック。風船から抜ける空気で多少は性能が上なのかなぁ。でも、風船も抵抗とかになるし…?

SIENCE SENSOR
 人口のチョウが飛んだ:適切な重量と間接があれば、自然とバランスが取れていくものらしい。生物の思考錯誤って凄い。
 火星の極冠にきざまれた溝:少しずつぐるぐる回転していると、神の目で長期間にわたって眺めたら目が回りそう。
 背中で“鳴く”哺乳類:鈴虫みたいだな。機能を果たすなら無理して喉を使う必要はない。耳は必須だけど。

惑星「地球」の奇跡
 途中が「もしも月がなかったら」みたいになっていた。地球のサイズを小さくしていく奴で大陸の配置をそのままにするのは強引だなぁ。常時太陽の方を向いている地球の夕方の部分に緑がある様子には心を魅かれるものがあった。ヴイナス戦記で、人がずっと夕方の地域に住んでいたのを思い出す。

大地が見せる地球の鼓動
 アイスランドの出番が多い。ギャオ地帯の道路が頻繁に寸断されていそうで心配になってしまった。人口密度も低いし、コスト的に高いところはありそう。それにしても、定番写真が多いなぁ。協力者も定番。

「はやぶさ」カプセル開封!そして「はやぶさ2」へ
 だんだんと遠くを目指す方向に話が進んでいる。初代と同じくらいの位置でたくさんの小惑星を調べる必要もあると思うのだけど、限られた予算で最大の成果を狙うと、どうしても別の小惑星を目指す必要がでてくるなぁ。

大型化で鼻がのびた哺乳類
 下あごに牙のあるゾウも、マンモスとは違う迫力があって面白い。

今月のフィールドワーカー
 かなりの長期戦が予想される話だ。こういうのになってくると、生徒の入れ替わる学校よりも向いた組織はないものかと考えてしまう。生物や化学の先生がいるから、人材的には学校にかなりの利があるのも確かだが。

グアマテラでおきた巨大な陥没のなぞ
 昔あったゴルフ場での墜落死事故を思い出す。理屈は同じようだ。写真の解説には犠牲者なしと書かれているので、警備員が巻き込まれたと聞いたのは違うことが判明したのかなぁ。ならばよかった。

STAR-WATCHING
 説明文に自然教室でみた天の川を思い出した。たまには星見のために移動するのもよいな。

Newton (ニュートン) 2010年 09月号 [雑誌]
Newton (ニュートン) 2010年 09月号 [雑誌]
カテゴリ:科学全般 | 00:06 | comments(0) | trackbacks(0)

戦国群雄伝6〜利家・天下一統への道 神宮寺元

 ついにロリコンが天下を制覇する!晩年の家康も十代前半の側室を入れていたので、ロリコンの天下統一という観点からは史実通りの結果である……る!

 まずは、決戦によって利家に天下から追い払われた秀吉が九州の血で策動する。島津軍VS前田軍の戦いでは、徳川軍が前田側について働くことになったおかげで、薩摩隼人VS三河武士の夢のあるマッチメイクが行われた。結果的には三河武士のほうが名声をあげる形になって、三河武士好きの私としては満足だった。
 勝敗をわけたのは、別の戦線なんだけど……逆方向で戦っていた前田利長もつきかけた負け癖に流されず良く戦線を支えたと思う。勝ち戦なら無難に戦うのもひとつの戦果である。

 九州から取って返しては、残る大勢力、北条・伊達・徳川を相手にしての甲斐での大決戦。甲府盆地いっぱいに展開する大激突が楽しめた。
 穿った見方をすれば、秀吉と家康は積極的に活動することで前田利家に抵抗する勢力をかき集めて、天下獲りを早送りにしてやったようなところがある。家康の場合は、もう少しじっくり待って利家の死後に動き出せば展開も違ってきただろう。
 そういう史実のような形にならなかったのは、秀吉より利家が倒しやすいとみられたのと、すでに一度負けている家康に許された領土が三河・遠江・駿河の三国だけで、他の勢力が生きているうちに事を起こさないと兵力不足になりかねない状況だったせいだろうか。

 この作品では、謀略のたびに各勢力間を活発に動き回り、大きな働きをしてきた水野忠重と織田長益がとても光り輝いていた。気がつけば、曲者を見る目が好意的なものに変わってしまっていたよ。
 家康ではなく、忠重が独自の判断で行動するなら利長が倒されるのも許せると思ってしまっていた。最後の最後まで合戦シーンでつめていたので那古野幕府での武将たちの地位がわからなかった点が少し物足りなかった。

 なんにしても毛利はたいていの作品で生き残っている気がするよ。毛利と北条なぜ差が付いたか。慢心、環境の違い……。

神宮寺元作品感想記事一覧

戦国群雄伝〈6〉利家・天下一統への道 (歴史群像新書)
戦国群雄伝〈6〉利家・天下一統への道 (歴史群像新書)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 00:19 | comments(0) | trackbacks(0)

戦国群雄伝5〜驍将、蒲生氏郷勇躍 神宮寺元

 英傑たちの故郷を舞台についに繰り広げられる天下分け目のみつどもえ合戦!その前にも北条氏と佐竹氏による関東での一戦が描かれて、やたらと合戦の密度が高くテンションのあがる巻だった。
 特に家康と秀吉の運動戦がおもしろかった。

 最初にぶつかった二者が負ける見通しを巧く裏切って、前田利家が行った「中入り」は見事というほかない戦略だった。けっきょく、秀吉も家康も利家の朴訥な人物という印象に踊らされて最後までその成長を見抜きそこなったことが敗因になった。
 ただ強くするために人物を変えてしまうのではなく、変えたこと自体を登場人物のカードにしている。そこが巧い。
 おかげで元来の利家がもっていた魅力も彼の助けになっている。武将たちとの連合具合に秀吉死後の状況を連想させられるのだ。
 他にも勝因をあげると佐々成政や滝川一益など、織田はえぬきの優秀な武将が利家のところに掃き集められていること。おかげで「信長が秀吉、家康と戦った」印象をも与えている。

 4巻で復活して醜態をさらした織田信忠が壮絶な最期を遂げた点も熱かった。まさか明智秀満と一緒に逝くことになるとはねぇ。しかし、利家の残酷な作戦は後に引かなかったのだろうか……野心のために見殺しにしたと後ろ指さされかねない。
 そのために素早く三法師擁立の声明をだしたんだろうけど――

 気がつけばすっかり主人公の蒲生氏郷は、主人公をやったおかげで、実際の人物が掴みにくかった。読む前にもっとよく知っておきたかったと、史実の彼に興味が湧いた。

戦国群雄伝〈5〉驍将・蒲生氏郷勇躍 (歴史群像新書)
戦国群雄伝〈5〉驍将・蒲生氏郷勇躍 (歴史群像新書)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 00:22 | comments(0) | trackbacks(0)
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